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やっぱり謄本は3通要った

と言ってもウチの場合はちょっと特殊で、

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なんと云うか、もう、(;´ρ`) グッタリ

なんか、動き回るより、それ以外の部分で疲れますな。
それも、直接の手続きとは関係のないところで(^^;)

例によっての預金の凍結解除で、出生地での戸籍謄本の取り寄せについて調べていたら、

・改正原戸籍簿
・除籍簿
・現戸籍

の3種類を取りましょうと書いてあったサイトがあって、ひょっとして本籍地の方もそうなの? と、銀行さんにTELして聞いてみたら、
結論としては、
『改正原戸籍簿だけでいいと思うが、そのへんは役所の人が知っているから役所で聞け』
ということでした。

…………ちょっと待て。
戸籍謄本を必要としてるのは銀行さんの方でしょ?
良いのか、こういう答えで?
(つか、電話で応答した人の名前を聞いておけばよかったな、私も(^^;)


んで、その後ちょっと用事があって30分ほど留守にした間に、間の悪いことに、郵便屋さんが書き留め持ってきたようで、不在通知(と言うのか?)が入っておりました。
で、内容から見ると、遠方の父の親戚(実家)からの香典のようなんですな。
(葬儀屋さんからのアドバイスで連絡だけをしたときに、香典は不要と言っておいたんだけどな~。でも考えたら、あちらの伯父さんが亡くなって、喪中欠礼のはがきが来た時に、香典送ったからな~)

実はこういう付き合いに関する労力を極力省略したくて、家族葬にしたんだけどな~。
(母の葬儀のあとってば、父と2人だったんだけど、メッチャ大変だったし)

ところで、出生地がわかっている場合は、そちらからも追いかけて謄本を取ってくるのも手だと書いてあるサイトがありましたが、これって効率的にはどうなのかしら?

追記

こういうことでヤバいな~と思えるのは、さあやるぞと張ってた気がゆるんで来て、
あれこれ「面倒くさぁ~」と思えてくることのようです(^▽^;)


フェイント、というか……

意外な事実が判明――って、私が知らなかっただけだけど(^▽^;)

落ち着くまでは仕事を休んでいいと言われたものの、そうそう休んでもいられない――
というより、ぶっちゃけ、何かやってないと落ち込むし、
かといって、こういう形で休んでいる時に掃除でもあるまい、
ということで……

とにかくお役所関係、返すものやらもらうものやら、色々一気に片付けようと、調べて段取りして、
で、父の年金の方も、どうせ何か、それも本籍地での書類が必要なはずだからと年金センターへ電話をかけて確認して、
(今回本籍地で必要なのは私の戸籍抄本)
預金凍結の解除手続きに必要な戸籍謄本と一緒に取りに行ったら……
現住所と本籍地が違う場合、現住所の役所から本籍地の方へ死亡の知らせが来て除籍の手続きが終わるまでに、日数がかかるんですね、知らせが郵送だから。(このコンピュータ時代にっ(^▽^;)

んで、知らせが届いて、確実に処理が出来ているのが来週の月曜日くらいだろう、ということで、
父の謄本も私の抄本も取れず、無駄足を踏んでまいりました。
(何でも、除籍の手続きが済んだらお知らせが来るということだそうですが、そういうの、母の時はなかったし)

なんかこう……フェイント、というか、上からの攻撃を、「よし、上手く躱した💛」と思ったら、すかさず足払いを喰らった――
ちがうか(^▽^;)

というか、稲沢と一宮で、これだけ時間がかかるということは、父の出生地は岐阜の山の中なわけで……
どれだけ時間がかかるんだろうというか、
色々なサイトに、連続した戸籍謄本をそろえるのは時間がかかる、と書いてあったの、さては、こういう意味だったんですね(^▽^;)

追記。

ちょっと調べてたら大和市のHPに、

・他の市町村に死亡届が出された場合は、提出先の市町村から大和市に死亡届が届くまで約1週間かかり、その後、戸籍ができるまでに1週間から10日程度かかります。

という記載が。う……うわぁ(;'∀')
(というか、親切だよね、大和市)

愚痴ぐちグチぐちGUCHIグチ

愚痴ぐちグチぐちGUCHIグチ

まずは。
何だって今日いきなり雨なんだ、洗濯しようと思ってたのにぃ!!
(((((≪*****ぢゅどーん!!!*****≫)))))

と、爆発しておきまして……

というか、やるべきことが山積のはずなのに、今日明日が日曜祝日で動けない(相手がお役所と銀行だからね)というのがキツイです。
その気になってるうちに一気呵成に動いておかないと、やるべきこともやれなくなっちゃうタチだから(^^;)

銀行口座凍結解除の手続きが意外に面倒そう――というか、出生時から現在までの戸籍謄本の取り寄せ、というのが、父の出生地が遠方なので、時間がかかりそうだし。

あと、必要な手続き一覧と、葬儀を家族葬で行ったので、ご近所への挨拶状、印刷しようと思ってたら、いきなりプリンターが不具合を起こしてくれるし💢
(どういう不具合化と云うと、純正インクでインクの交換を行ったのに、インクが入ってませんと云うボケをかましていてくれるわけなんですな。しかも、取り敢えずインクが不足でも印刷できると言っておきながら、そちらのコースへ進んでくれないし。
インクも高いし、その割には消耗が早すぎるし、いっそ買い替えるかな~)

あともう、考えてるうちにやるべきことの優先順位がわからなくなってくるし――ホント、こういう時は一人はキツイ、というか、
『孔明のヨメ 5』でね、郭嘉の、やるべきことがどんどん増えて来たの動ける人間がいない状況での、「俺も増えたい」という、あの感覚が非常によくわかります。
ホント、私がもう一人いるとねぇ、グチったり相談したり手分けして動いたり、すんごい楽だろうなと思います。

それにしても……とつくづく思うのは、親が死んだらとか、考えるのは悪いことのようにお思えて先送りにしていたんですが、必要な手続き関係やら何やら、早く調べておかなくてはいけない。
というかですね~、昔の中国って、子供が親の生きてるうちに葬儀の支度――お棺やら死に装束の用意やらをして親に見せると、なんて孝行な子供なんだと親が喜んだという、あれって実はいい風習だったのかなと思います。

諸行無常? というか……

ひょっとして留守中にどなたか(と言っても、ふく*たまさんか由香さんしか思い当たらないわけですが)
退院出来て良かったねのコメントを下さってるのかも~と思いつつ帰宅したわけですが、
すみません(……って、ここは謝るところだろうか?)

10月8日午後7時25分、父は永眠いたしました。

いやぁ、もう、とにかく急で。
容態急変と『いつきの里』から電話をもらったのがケータイの着歴によりますと、7時12分になっとりますな。
で、部屋着に着替えてくつろいでたんで、外出出来る服に着替えてすっ飛んで行って約40分。
到着した時は、息を引き取った後でした。

で、もう、それからはバタバタで――なんせ、ことが決まってからは葬儀屋さん任せだけど、
(しかも、会館が借りられると、本当に至れり尽くせりなんですよね)
そこまでは自分一人でで決めて仕切らなきゃいけない。
で、結構妙な具合の空き時間は出来るんだけど、落ち着いて文章を書くようなゆとりはない。

ということで、ご報告が今になりました。
とりあえず現在、葬儀と初七日法要を終えて帰って来て、父とコーヒーを飲んでくつろいでいるところです。
(遺影に向かって「コーヒー飲む?」とか、すんなり言えるのが不思議(^▽^;)

ま~たこれで、連休明けから法的手続きとかでバタバタするんでしょうが、
(で、連休中も、やるべきことを調べたり、片づけモノをしたりと色々あるんでしょうが)
とりあえず、今日はもう、のんびりすることにいたします。

退院しましたぁ~(*^▽^*)

10月6日(火曜日)。
午前中も昼休み中も電話がなかったので、今日はまだ退院じゃないんだな~と思っていたら、
仕事初めて30分ぐらいたってからの電話で、これから退院しますってことで。
(毎度、焦らせてくれる病院ですが(^▽^;)

ともあれ、微熱はありましたが数値は良好のようで。
その後24時間以上経過しても電話がかかってこない、ということは、取り敢えずは大丈夫なんでしょうね。
ちょっと、やれやれです。
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