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続・続、きんきょー(いい加減にしなさいヾ(~O~;)

  • 2018/03/04(日) 12:31:32

ホント、いい加減に『射鵰』の続きの方を書け~と言われそうですが(^^ゞ
あれは、あらすじをまとめるのに時間がかかるので(^▽^;)

ということで……

④まずは、交通事故の方は保険屋さんの担当者さんが頑張ってくれて、無事に解決。
署名捺印した示談書のコピーも受け取りました。
が……オッサン、そうとうねばって厄介かけたみたいですね~。
前の記事では2~3万と書いたけど、本当は自転車屋さんの見積もりでは1~2万で同等の機能のものが買えるって話だったのが、
オッサン、最終的に3万円ふんだくってゆきましたからね~。

でも、あのオッサンがああいうキャラだったおかげで(あとから思いだしたら、お巡りさんがいなくなった途端に居丈高になったし、警察にSOSの電話をし出したら急に態度を変えたし)こちらは罪悪感も加害者意識も全く抱かず――というよりむしろ、被害者意識を抱くことになり(笑)
しかも事故ったのが、運転免許更新の連絡のハガキが来た後だったおかげで、まだ、後5年はゴールド免許です(笑)
それにしても~と、後から冷静になって考えると、「俺はゆすりじゃないぞ!」とか言ってましたが、オッサン本心では、
「申し訳ないことをいたしました。取り敢えずはこれを修理代の足しに――」
と、私がその場でいくらかお金を出すことを期待してたんじゃないかなぁ、と思えてきました。

だとしたら……
オッサン、私のことをバカ呼ばわりして下さりやがりましたけど、
あれが頭の切れる人だったら、
「自転車が壊れただけで自分は怪我はしてないから、あなたの免許証を汚すこともないでしょう。ここは示談にしましょう」
と、その場から自転車屋さんに連れて行かれて、私は、なんて寛大な人だろうと感謝しながら、4~5万の自転車を買わされてた可能性もあったわけで(^^;)
ともあれ、以後慎重に運転するようになったし、色々ラッキーでした。
(それにしても、いくら焦っていたとはいえ、ああいう大きなものが眼前をよぎって自動車に挟まるまで気が付かなかったというのは、何度記憶を反芻しても謎です)

⑤ 周期的にYOU TUBEで鶴田浩二聴いてます。

なんでや~?ヾ(;・∀・) というと、これが『中原の虹』が発端で、
あれを読んでいるうちに、『馬賊の歌』ってのがあったよな~(と思ったら、作中で主要人物の一人である吉永少尉も歌ってました)
と思い出し、YOU TUBEで探しているうちに、他の色々な軍歌と一緒に『鶴田浩二』が引っ掛かってきたわけで、
(あ。ちなみに『馬賊の歌』は、軍歌と思ってる若い人もいたようですが、軍歌ではありませんよ。『中原の虹』の中で吉永少尉も言ってましたし)
で、そういえば、以前、この人ヒト大好きだったな~と思い出し、早速お気に入り登録。
気が向くと『こたつむり』になって聴きながら刺繍やってます。
が、それにしても……
鶴田さんが
♪何から何まで真っ暗闇よ~
と歌われてから何十年か経ってるわけですが、世の中、あの頃と比べて良くなったとは思えない。
むしろ悪い方へ、危険な方へと進んでいっているようで、とても不安です。

特にウチは、伯父(母の兄)が、家が貧しくて上の学校へやってもらえなかった分上昇志向が強くて、夢も野望も、それを叶えるだけの才覚も度胸も腕っぷしの強さも性格の悪さも外面の良さも何でもできる器用さも持ち合わせてて(~って書いてったら、なんか、顔も良かったそうなので、楊過みたいな人だったかなと思えて来た(笑)あれは必ず一旗揚げると、親戚中の期待の星で(聞くところによると本人はインドあたりへ行って貿易商になりたかったらしい)年とった両親も、母のない娘も、長男として責任を持って嫁がせなきゃいけない妹たちもある身で、赤紙(召集令状のことです)一枚で南方へ持って行かれて、骨も帰ってきてなくて~~これ、祖父と母の遺志を受け継いで、もう、ワタクシ、無茶苦茶腹を立ててマス。
(無念だったろうね~舅舅おじ上
あと、伯母(母の姉)の連れ合いが、こちらは戦病死してるし、
祖父母や母たちは当然、空襲に遭って炎と焼夷弾の中を逃げまどって家を(借家ですが)焼かれてるし、
ご近所では、すっかり軍国主義にかぶれた町内会長が、空襲の最中に竹槍構えて、この町内逃げることは許さんと頑張ったおかげで、本来なら助かったはずのそこの町内の人たちだけが全員焼死したという事件も聞いてるし、
(あと、炎に包まれた橋の真ん中で4,5歳の男の子が空を見上げて「アメリカのバカ野郎、いつまで苛める~!!!」と絶叫してたのが忘れられないと、母はよく語っておりました)
父は満蒙開拓義勇軍(農家の次男坊以下の希望者を募って、満州で屯田兵をやらせようということだったらしいですな)の最後の訓練生で、小学校の5~6年の担任は特攻隊の生き残りで、どちらも、あと数か月終戦が遅かったら、この世にはいなかっただろうって人たちで~特に父の場合は、そうすると、ワタシ自体が存在しないことになりますな(^▽^;)
高校の時の選択科目の書道の講師の先生は、シベリア抑留経験者。
で、母の方針で、戦争の悲惨さを現したドラマや本は率先して見せられた~~『火垂るの墓』だけは、小学校のころにあれを漫画化したのを読んで、その救いのなさにもの凄いショックを受けて、大っ嫌いになったので、アニメの鑑賞は勘弁してもらいましたが。
というわけで、戦争になったら真っ先に迷惑するのも泣くのも苦しむのも、力のない一般庶民だというのをとことん叩き込まれているので、とにかく戦争は大反対。(ドラマや小説の世界だけで充分です)
(しかし……わたしゃ中学生の、まだ佐藤栄作さんが首相をやってた頃に既に自民党を見捨てていたのに、日本国民、いつになったら気付く――というか、本当に清末の袁世凱みたく”アレ”しか居ないんでしょうかねぇ? ……って、これは『中原の虹』を読んだ人にしかわからないな(^▽^;)
というか、戦争は外交の失敗によって起きるということと、外交は流血を伴わない戦争である、ということを、少なくとも世界中の政治家と外交官は肝に銘じておくべきですな。

それにしても、戦争経験世代どころか、その親たちから戦争の話を聞かせられた(私たちの)世代も、そろそろ自分の墓や葬式の準備も考えた方がいいかな~という年代に入って来て、どんどん戦争について語る人が減って行って、日本大丈夫かな~と思ってたら、
UNO先生、会津の御出身なんですが、地元の方が戦争の話をしていて、「ふむふむ」と聞いていたら戊辰戦争の話だった、ということがよくあるとかで~~語り部に関しては大丈夫かもね、日本(笑)
(しかし、そうすると、未だに日本は南京大虐殺やら張作霖爆殺やらその他色々で中国に恨まれてても仕方がないな~と思えますな)
と、つい、話題があらぬ方へ~。
でも、これ、最近よく考えてることなんですよ。

⑥ 近くに見立ての上手な胃腸科、ないですかねぇ……
てのは、会社で休憩時間にN野さんにでも聞くべきことがらでしょうが(笑)
以前は急性の胃腸炎をよくやってたんですが、この頃は、慢性的に胃腸が弱ってきてる感じで。
で、かかりつけのお医者さん、親先生のころは慎重で見立ても上手だったんですが、最近はかなりいい加減になって来て、親先生だったら多分レントゲンを撮ってくれただろう所を、投薬だけで済ませちゃったり……
(つか、患者に不安感を抱かせる医者ってどうよ?)

それと、宇童会の先輩のお1人が先月盲腸で入院されて、昼練+ランチの後で皆でお見舞いに行ったんですが、
(今は薬で炎症を散らして無事退院されて、練習にも出てこられています)
最初の症状はまず胃に来て、病院へ行かれたら、ドクターに他に原因があって痛むこともあるので、検査しないとわからないと言われた、というのを聞きまして、ますます、かかりつけのお医者さんへの信頼感を亡くしまして(笑)

そうじゃなくても、こりゃヤバイなと事前に胃腸薬飲んで出勤したり、
緊張性大腸なんとか~と思ったら過敏性腸症候群の症状の一つだったようですが(これが、動くのに体二つ折りにするくらい痛かった(´;ω;`)ウゥゥ、これで会社を休んだり、絶食したり、先生たちが見えられた日の昼食会に出そこねたり、
てなことがあると、当然ブログを覗く余裕がなくなる~~じゃなくて!
自分の胃腸がどんな状態になってるか、自分の目で見てみたくなりますよね。

てなところで、また長くなりましたので、本日これまで。

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