神鵰侠侶二次小説  薫風

「阿蓉、阿蓉。過児は何処へ行ったか知らないか?」
 やけに急性な口調で郭靖が問いかけたのは、後に『襄陽大戦』の名で呼ばれることとなる戦の果てた後。城外での戦勝の祝いやら、その後の怪我人の手当てやら    の大騒ぎが一段落した後のことである。  と云っても、死者の埋葬やら城の内外の片付け、夜に予定されている戦勝の宴の準備やらで、城下は未だ落ち着かぬ雰囲気に包まれている。
「知らないわよ。一緒に呂元帥に会いに行ったんじゃなかったの?」
 怪訝そうに問い返す黄蓉はと云えば、さすがに軍装は解いたものの、髪も衣服も戦塵に汚れたまま。これまでの様々の出来事のせいで興奮しきりの郭襄をなだめ、なんとか寝かしつけてきたばかりのところである。
「それが、元帥の挨拶を受けて戻って、ちょっと目を離したら、もう居ないんだ。まさかとは思うが   
「まさか、何だって云うの?」
「英雄大宴のときの例もある。まさか、黙って    」
「それこそ、まさかでしょ」
 黄蓉は笑う。
 あの時は、父の黄薬師と二人、取り立てての挨拶もなく会場を去ってしまった楊過である。が、まさか、今回は   
    いいえ、あの過児のことですもの。違うとも云い切れないわね。
「誰か。誰か居ないの?」
 扉を開けて、使用人を呼ぶ。
「過児    じゃない。楊大侠を見かけなかった?」
「お見かけしておりません」
「そう。じゃあ、探して、ここにお連れして。旦那様が御用ですってね」
 はいと肯首して出て行った使用人は、しばらくして、なんとも珍妙な顔つきで戻ってきた。楊大侠は奥様とご一緒に、中庭にいらっしゃいましたがと、煮え切らない態度で云う。
「いたのなら、どうしてお連れしないの?」
「それが、その……」
「なんだって云うの?」
「はあ。それが、その、何と申しますか……」
「ああ。もう、いいわ。わたしが行く」
 さっさと室外へ出て、中庭へ向かう。
 使用人が目にしたものを確かめ、
    なるほど。これじゃ、声がかけられないわけね。
 納得し、吹き出しかけて、慌てて口を押さえた。
 阿蓉    と、後からついてきた郭靖が声をかけようとするのを、
「しっ!」
 短く制してから、あれを    と指で指し示す。
 植え込みの向こう。楊過の神鵰が鋭いまなざしで周囲を睥睨へいげいしていて、その傍ら。石造りの椅子の上で、楊過と小龍女がぴたりと寄り添って    というのは、この二人に関しては、珍しくもなんともない光景なのだが    そのまま、小龍女の華奢な肩に体を預けるようにして、どうやら楊過の方が寝入ってしまっているようなのであった。
「あ   
 何かを云いかけ、口を開閉させる郭靖を、
「しーっ」
 もう一度制すると、
「疲れてるのよ。このまま、寝かせておきましょう」
 絶情谷からここまでの距離を考えれば、自分たち同様、夜を日に継いで駆けつけてくれたに違いない。そうして、その上での、あの働きにあの怪我である。疲れるのも無理はない。
 が、それ以外に   
 両手で口もとを押さえたまま、黄蓉はそっと微笑む。
 自分に寄り添ったまま寝入っている楊過の顔を眺めている、その小龍女のなんとも満ち足りて幸福そうな表情と、乱れた髪の間から垣間見える、楊過の安心しきったような寝顔が、なんとも微笑ましく、声をかけたり起こしたりするのが忍びない気持ちにさせられてしまうである。
 同時に、
    あの子の、あんな無防備な表情って、初めて見たかもしれないわね。
 そんなことを思ったりもした。
 桃花島に引き取って間もない頃は、生意気な上にかたくななところばかりを見せる少年だったし、長じてからも、なにやら隔てがあったり、思いつめた、切迫した表情ばかりを見てきたような気がする。
 それが、
    龍さんと二人きりだと、あの子ったら……。
 と。
 かくん。
 という感じに、楊過の体が、僅かに傾いた。
 はっとしたように目を開け、小龍女となにやら言葉を交わす。
 すまない、重かっただろう、とか何とか。表情と口の動きからすれば、おそらくはそんなところだろう。
 いいえ、というようにかぶりを振った小龍女の笑みが、さらに深いものになり、華奢な手が、そっと楊過の背に置かれ、
    あら、まあ、まあ。
 黄蓉は、肩をすくめて再度笑いをかみ殺す。
 促されるままに、今度は小龍女の膝を枕に、楊過は再び眠ってしまった模様である。
「行きましょ。靖さん」
 傍らで固まったままの郭靖を促し、そっとその場を離れる。
 途中、ふと振り返ると、小龍女が楊過の顔に乱れかかった髪をかきあげてやるのが見え、 その仕種が、妻の    というよりは、姉か、母親のそれのよう感じられて、
    あの二人は、古墓でもあんなふうに暮らしていたのかしらね。
 そんなことも思った。
 同時に、
    あの子のことが本気で可愛いと思えたのって、多分、これが初めてだわね。
 そのことが妙に可笑しく、懸命に笑いを噛み殺して、郭靖に妙な目で眺められた。




 ちなみにこのこと    楊過が小龍女の膝枕で寝入ってしまっていたことは、郭家の使用人の口から方々へ伝わり、先の陸無双が演じた一騒ぎと合わせて、しばらく襄陽城の兵士たちの口と耳を賑わすこととなったのだが、当事者たちは、翌早朝、崋山へ向けて出発してしまったため、それを知ることはなかったという。





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コメント

好きです!!

二次小説、いくつか読ませて頂きましたが、、、これ、私的にド真ん中(笑)!
画になるわ~!
reiさんの緻密に書き上げた作品も素晴らしいですが、こういうサラっとしたのも好きです!

特に、楊過と小龍女の仲睦まじい姿を黄蓉の目線を通しながら、さらに同時に彼女の心の中も表現されているところがすっごくいい!
いろいろあった郭靖夫婦と楊過たちの心が、一つに束ねられたような温かい空気が流れていて、神雕侠侶の最後のシーンがこんな風でも良かったように思います(^^)

読んでいて本当に情景が浮かびます。
張P&于敏監督、映像にしておくれ~サービスカットでいいから(笑)

meimeiさんへ

過分のお言葉、ありがとうございます。
でも、嬉しいe-414

これについては、私も、書いてしまってから、頭の中に映像を思い浮かべて、ニヤニヤしながら読み返しております(^^ゞ

>張P&于敏監督、映像にしておくれ~サービスカットでいいから(笑)

いや、いや、そこまでは……(^▽^;)
でも、サービスカットの撮れるくらい、ゆとりのある撮影はして欲しいですよね、実際。

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