2009/03/22 (Sun) 神雕侠侶二次小説 緑風

「過    
 過児、鴻児こうじと、夫と息子に呼びかけようとた声を、小龍女は途中で止める。
 明るい初夏の陽射しと鮮やかな緑に覆われた渓流の岸、幼い息子が父親の     楊過の膝の上で、寝入っているのに気付いたためである。
 妻の視線に気付いたのだろう。つと振り返った楊過が、視線だけで静かにと合図を送る。
 それに笑みを返し、そちらに歩を進めようとしたとき、
 さっ   
 宝石めいた翠緑の色彩が、鋭く視界に切り込んできた。

 きらめく水面目掛けて落下したそれは、銀の雫を散らしながら、さらに鋭い角度を描いて舞い上がる。
 くちばしにくわえた銀鱗と、腹の緋の色彩が、さらに鮮やかに眸に映じた。
 カワセミである。
 その鳥の動きをなんとなく視線で追う。川面に張り出した枝に止まったその鮮やかな色彩の鳥が、同じ枝に止まった、ひとまわり     とまでは行かないが、わずかに大きい鳥に捕った魚を差し出すのを微笑ましいものに眺め、小龍女は軽功を使って、ふわりと二人の近くに降り立つ。
「龍児    
 楊過がわずかに顔をしかめ、とがめるような声を上げた。
「ただの体じゃないんだ。あまり、無茶をしてくれるな」
 視線は、ようやくふくらみを見せはじめた、小龍女の腹部に注がれている。二人の愛の結晶     新たな命が、その中に宿っていた。
 大丈夫。あなたは心配しすぎなのよ。内心の思いを、しかし小龍女は口には出さない。わずかに笑みを深いものにして、うなずいただけである。
 ものごころついたときから厳しく武芸を仕込まれた彼女にとって、軽功のごときは、呼吸をするに等しい自然な行為である。けれど、こうして自分を気遣ってくれる楊過の気持ちは、いつになっても嬉しい。
 寄り添うように腰をおろすと、
「良く寝てるわね」
 幼い息子の寝顔に視線を向けた。
「ああ」
「どんな夢を見てるのかしらね」
「さあな」
 なんとなく言葉を笑みを交わし、川面に視線を向ける。先ほどの鳥が、連れ立って飛び立つのが眸に映った。
「ねえ、過児」
「うん?」
「あの鳥。一羽がもう一羽に魚を捕ってあげてた。親子なのかしら。それとも夫婦?」
「求婚中の恋人同士かもな」
 口にして、楊過はくすりと笑う。
「え?」
「いや。郭芙かくふに熱を上げてた時の武兄弟を思い出しちまった。馬の鞭を買ってやったり、付いて回ってご機嫌を取ったり。それが、結局は三人とも、別の相手と結婚したんだものな」
 大侠郭靖の愛娘の郭芙と、弟子の武敦儒とんじゅと武修文。一緒に育ちながら、この三人と楊過は、とにかく仲が悪かった    桃花島に引き取られて間もない 少年時代には、三対一で一方的に楊過がいじめられていたというが     逆襲に転じた楊過が、逆上のあまり、大岩を落花させて、あわや武兄弟を殺しかけたことは、小龍女の耳には入れていない     現在、三人の思い出を語る楊過の表情と口調は、世間の人が思い出話をするそれに似て、ごく穏やかだ。
「懐かしい?」
 小龍女が問うと、楊過は笑ってかぶりを振った。
「でも、郭大侠ご夫妻や二妹、三妹。江湖のご友人には逢いたいのじゃなくて?」
「いや。お前と鴻児と鵰兄。俺にはそれだけで十分だよ。じきに、もう一人増えるしな」
 そんな楊過に、今度は小龍女の方が、何かを思い出したように、くすりと笑う。
「なんだ? どうしたんだ?」
「いいえ。郭夫人のような方でも、間違うことがあるのかと思って」
「うん?」
「あなたが、わたしと二人きりで古墓に籠もったら、いつか退屈して外へ出て行きたくなるに違いない。ずっと以前、郭夫人が、そう仰ったことがあるの。わたしたちの結婚に、反対していらしたときのことだけど」
 退屈どころか     楊過は笑う。
「ちびすけの世話で、息つく暇もありゃしない。漸く、少し楽になるかと思や、もう一人だ」
「誰のせいなのかしら?」
「全部、俺のせいですよ、奥方様。でも、お前だって嫌がらなかったし」
「もう。過児ったら」
 二人の夜の語らいを思い出し、うすく頬を染めて怨ずるようなまなざしを向ける妻に、楊過は低く声を上げて笑う。
 ん     と、膝の上の楊鴻が声を上げて身じろぎしたのに、慌てて笑いを止めた。
「なあ、龍児」
 しばしの沈黙の後、笑いの余韻をとどめぬ穏やかな視線と口調で云う。
「翠珠     というのはどうだろうな」
「え?」
「腹の子の名前。女の子だったら翠珠。どうだ?」
「翠珠。奇麗な名前ね」
 口にして、小龍女は淡く笑む。
 鳳とおうりんが、それぞれ雄雌を現すように、カワセミ     翡翠も、翡は雄、翠は雌を現す。
 雌のカワセミを現すそれに『珠』をあしらった名前に、先ほど、銀の雫を散らして飛び立った、色鮮やかな鳥の姿が思い浮かんでいた。
「翠珠。翠珠。いい    
 名前だと思うわと云おうとしたとき、
「なあに? なんのはなし?」
 少し寝ぼけた、舌足らずの愛らしい声が、二人の会話に割り込んできて、
「まあ」
「起こしちまったか」
 二人を苦笑させた。
「ねえ。なんのはなし?」
 目をこすりながらの再度の問いに、妹の名前の話だよと、楊過が云って聞かせる。
「いもうと? いもうとってなに?」
 え!? と、楊龍二人の声が重なり、
 一拍おいて、楊過ははじかれたように声を上げて笑い出している。
 膝の上で起き上がり、きょとんとしている楊鴻の頭を軽く撫でると、もう少ししたら全部わかると優しい口調で云った。
「もうすこしって、どのくらい?」
「そうだな。あそこの木の葉っぱが、真っ赤に変わる頃かな」
「ん    
 不得要領を絵に描いたような顔つきになった幼い息子の頭を、ぽんぽんと軽く叩くと、
「そういや、ちびすけには、世間のことは何も教えてないものな」
 そうねと小龍女はうなずく。
 外界にあって、人と交わって暮らせばごく自然に覚えることを、この幼い息子は何も知らない。
 両親を知らず、古墓で師匠と孫ばあやに育てられた小龍女にも少女時代には李莫愁り ばくしゅうと云う姉弟子がいた。世間知らずとは言っても、多少は世の家族のあり方など、心得ていた気がする。
 もう少ししたら     楊過が呟くように云う。
「ちびすけに、外の世界を見せてやらなきゃいけないな」
 川面を渡る風が、木々の緑を乱し、楊過の白く色変わりしたびんを白銀にきらめかせて吹き過ぎた。

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。:.゚おぉぉぉぉ♪+゚(〃∇〃人)゚.:。+
おもわず( ゚Д゚ノノ゙☆パチパチパチパチ 凸ポチッと・・(笑)
穏やかな・・優しい、家族・・ん? チビちゃんは、膝の上で気持ち良さそうに寝てるから、夫婦の時間ですね♪
 reiさんの描く、素敵な風景が目に浮かんでくるようで・・
思わず、目を閉じて・・(想像中) ・・んふふ。
 で・・・余りに互いを愛しすぎて、楊過様・・子沢山になりすぎないようにね ププッ ( ̄m ̄*)
 生活苦が出てくると、奇麗・・・とか言ってる場合じゃなくて、
パロディになってしまいますから(笑)
 そうかぁ・・今は俗世から離れて、古墓にこもってらっしゃるんですよね。 あの楊過様の 【退屈どころか・・】っていう、台詞が凄く好き☆ 
 あぁ・・・心がほっこりと暖かくなるようなお話しでした♪
今宵も、素敵なお話をどうもありがとうございました┏(I:)
あと・・少し! あと少しで・・・ゆっくりDVDを見れる時間が・・・・(来るといいなぁ~笑)

2009/03/22 21:19 | 氷無月  [ 編集 ]


氷無月さんへ 

ありがとうございます (*^_^*)

後付けの翠珠ちゃん命名エピソード。
で、前回と同様の家族話になっちゃいましたので、どうかな~と思っていたんですが、
気に入っていただけて嬉しい v-254

>  で・・・余りに互いを愛しすぎて、楊過様・・子沢山になりすぎないようにね ププッ ( ̄m ̄*)
そういえば、新婚当時に、子供を一杯育てて……とか云ってましたからね~(笑)
とりあえず子供は3人で打ち止め(笑) の予定ですが。

>  生活苦が出てくると、奇麗・・・とか言ってる場合じゃなくて、
> パロディになってしまいますから(笑)
ですね~。
そのへんは、メルヘンチックAB型なので、奇麗な段階でとどめられるように頑張ります。
(頑張るって云い方も変かな(笑)

そういえば、子供がらみじゃありませんが、生活苦っぽいバロディ話、中国の方が書いておられました。
訳文をUPしておられた方が、ネット落ち→ブログ削除、してしまわれたので現在は読めませんが。
読んで、「ありえね~」ってアタマ抱えましたよ~ (^▽^;)

>  そうかぁ・・今は俗世から離れて、古墓にこもってらっしゃるんですよね。 あの楊過様の 【退屈どころか・・】っていう、台詞が凄く好き☆ 
子育てはおそらく、武芸や戦い以上の波乱万丈。
で、楊過の性格なら、きっと、それも面白がるに違いない、と思って書いています。
それにしても……世間じゃなく子も黙る神雕大侠楊過が子育て……。
考えたら、恐ろしい話を書いてますね、私 (^▽^;)

>  あぁ・・・心がほっこりと暖かくなるようなお話しでした♪
> 今宵も、素敵なお話をどうもありがとうございました┏(I:)
こちらこそ、ありがとうございました。

> あと・・少し! あと少しで・・・ゆっくりDVDを見れる時間が・・・・(来るといいなぁ~笑)
ですね。
ゆっくりDVDを見られる時間、来ますように。

2009/03/23 18:29 | rei★azumi [ 編集 ]


 

今回はとても色彩豊か、それも美しい色合いで、こう、想像するのがとても楽しかったです♪
翠珠ちゃんの名前の由来はカワセミだったのですね~。
後付けだなんて感じられないほど、しっくりきましたよ。さすがですね。

2009/03/24 17:15 | ふく*たま [ 編集 ]


ふく*たま さんへ 

ありがとうございます。
カワセミって、それ自体が凄く色鮮やかな鳥ですものね。
(でもって、プロポーズのときは、実際にオスがメスに魚をプレゼントします(^m^)
陽光あふれる世界での一家のワンシーン、楽しんでいただけたなら、私も嬉しいです。

翠珠の名前については、以前にUPした『父と子と』にもちらっと書いてますが、
バリュー・ヒューガート氏の『鳥姫伝』のヒロインの名前からなんですが、
翠には、小さなメスのカワセミの意味もあると、これは別の小説から知って命名。

長男の鴻が“おおとり”で、末っ子の鴒が鶺鴒(セキレイ)からと、
兄にちなんだ鳥つながりと云うことで遊んでいます。

> 後付けだなんて感じられないほど、しっくりきましたよ。さすがですね。
ありがとうございます (^^ゞ 

2009/03/24 18:36 | rei★azumi [ 編集 ]


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Author:rei★azumi
ヒト属ネコ科 コタツ猫亜種 読書ネコ
『神鵰侠侶』で金庸にハマった、金庸初心者。
とりあえず、金庸の小説全作品読破を目指すも、突如神鵰侠侶二次小説にハマる。
さて、この先、どうなりますことやら。

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