秋水長天

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神鵰侠侶 SS  永遠を願う

「こんな岩屋の中でも、埃ってのは溜まるもんなんだな。すっかり忘れていたよ」
 しかも、十六年分だ。云う楊過に手には、木の枝を束ねた箒が握られていて、慣れた手つきで岩室の床に分厚く積もった埃を掃き取ってゆく。
 それは、かつて古墓派に弟子入りした二十数年前には、ごく当たり前の行為だったはずだが   
「どうかしたか?」
 布を手に、石造りの卓を拭きかけたまま、じっと自分を見ている小龍女に、楊過は怪訝な視線を向ける。
「あ。いえ、何でもないの」
「奥さん」
 軽く、嗜める口調で呼ばれ、ふふ……と、小龍女は小さく笑いを洩らす。
「まったく、あなたときたら。本当に、大したことではないの。ただ、なんだか不思議な気がして」
「ん?」
「本当に……大人になったのね」
 しみじみとした口調で云われ、楊過は思わず失笑する。
 古墓派に入門した  正確には転がり込んだときの楊過は十四歳。当時十八歳だった小龍女に取っては、まさに、子供に過ぎなかったろう。
 その意識は、二人の間ら柄恋人同士から夫婦にと移行しても、どうやら、さして変わることは無かったらしい。二十歳を過ぎてからどころか、十六年を経て再会してからさえ、時折『この子』呼ばわりされた気もするのだが   
「それに、江湖の大英雄、神鵰大侠が、そうして床掃除だなんて」
「あんなのは虚名だよ」
「そんなことはないと思うわ。あれほど多くの人が、あなたを知っていて、あなたを敬っている。ねえ、本当によかったのかしら?」
「何が?」
「古墓派に入門した頃、あなたは周囲の人間を見返したがっていた。街で賑やかに暮らすことを望んでいた。どちらも手に入ったのに、こうして古墓に戻ってきてしまって」
「何度同じことを   
 いいかけて、楊過はふと、口許に淡い笑みを刷く。
「お前が望むなら、何十万回でも云うよ。俺の望みは、お前が俺の傍にいてくれること。こうしてお前と二人、穏やかに暮らすことだ。そのほかは、何も望まない」
「過児……」
「それより、さっさと済ませちまおう」
 再び、箒を使い出す楊過に、焦ることはないのよと、小龍女は穏やかな口調で告げる。
「それより、少し休みましょう。これから    時間は充分にあるのですもの」
「ああ……。そうだな。時間は充分にある」
 低く、呟くように返しながら、楊過の視線は、何とはなしに妻の白い姿を追う。
 目を離せば、その姿が幻となって消えうせてしまうかのような、そんないくばくかの不安をこめて。
 人は常に、時の流れのうちには、昨日と同じ今日、今日と同じ明日が続いていると信じて已まない。さながら、滔滔と続く長江の流れのように。
 しかし、その長江にすら果てはある。
 まして、人の営みの、平穏な日々の繰り返しが、永遠に続くことがありうるだろうか。
 が、そのことを知っているのは、僅かに覚者、賢者と呼ばれるものばかりだろう。そうして、その賢者たちにすら、時の大河の果ては遥か前方のものであり、変化の訪れも緩やかなものと予想されているはずだ。
 だが   
 いや。だから  
 幾たびも、指呼の間で僅かな希望を断ち切られ、さながら激流に似た運命の川に翻弄された二人が、このささやかな平穏の、永遠に続くことを願うのは贅沢なことだろうか。
 それでも、せめて、
 この凪に似た穏やかなときの、あと五年、十年    いや、ほんの一刻でも長く続くことを、願わずにはいられない楊過だった。

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rei★azumi

Author:rei★azumi
ヒト属ネコ科 コタツ猫亜種 読書ネコ
『神鵰侠侶』で金庸にハマった、金庸初心者。
とりあえず、金庸の小説全作品読破を目指すも、突如神鵰侠侶二次小説にハマる。
さて、この先、どうなりますことやら。

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