五月闇  -壱- 

オリジナル小説です (^^ゞ

この作品は、年号がまだ一桁の頃に書いたもので、
数年前に、今はなき『王国町ブログ』にUPしたものでもあります。
ここのところ『浣花洗剣録』の記事を書いたり、その流れでシバレン先生やら隆先生やらの本を読み返しているうちに、ふっと懐かしくなって引っ張り出してみました。

これを読んでいただくと、どうして私が『浣花洗剣録』や、ことに大臧にのめりこんでるか――って、単にツボ直撃されただけなんですが、そのツボがよくわかる――というのは、まあ、どうでもいいことで、
まずは、楽しんで(内容的には楽しいものじゃないんですが(-_-;)読んでいただければ幸い――さらには、素人の作品なので、時代考証やらなにやらはかなりいい加減ですが、そのあたりは大目に見ていただければ幸いです。

さて。
                     序  章

 雨であった。
 降るとも見えず、くらい鉛色の空からひっきりなしに落ちてくる細い銀の糸が、道野辺の草をしっとりと濡らしている。
 その霧雨に、利休鼠りきゅうねずみの紬の袖を濡らしながら、孤影がひとつ歩んでゆく。着流しに一刀を落とし差した、これは浪人者であろう。総髪を結わずに襟元で濃紫の紐で束ねているのが、この時代としては異風。時折涼しげな音色を響かせるのは、印籠につけた小さな銀色の鈴である。
 うつむけた笠の下の顔は、まだ三十路みそじにもならぬ青年のもので、彫りが深く、完璧なまでに整っているが、表情に乏しく、眉の辺りに昏い虚無的な影が刷かれていた。
 その顔が、わずかに表情に似たものを浮かべたのは、彼が荒れ果てた山門の前を通りかかった時であった。
 門は傾き、瓦は落ち、とうに無住となっているかに見える寺の前に、
 ――大振りの市松人形。
 そう錯覚させる、五歳ばかりの童女がたたずんでいたのである。
 朱の広口振袖。肩を少し越えたあたりで、ふっさりと切りそろえられた黒髪。そうして、整ってはいるが、全く表情というものを欠いた白い貌が、人形めいた印象を与えているようであった。
 ふ――と、
 童女の硝子がらずの瞳と、浪人の昏い色の眸が、束の間、一本の線で結ばれた。
「………美緒……?」
 微かなつぶやきが、浪人の唇から洩れた。
 が、次の瞬間、それは、ほろ苦い自嘲の笑みに変わっている。
 美緒のはずはないのだ。なぜなら美緒は――
 視線をそらせ、歩みをはじめようとした耳に、女の声が届いた。
 寺の中から走り出てきた娘が、童女に何かを話しかけているらしい。
 童女の応えは聞こえぬ。
 ただ、娘の呼びかける「姫さま」という言葉だけが、耳の端に残った。
 ――それから、ものの一町も進んだころであろうか。
 泥道を蹴立てて前方からせてくる武士の一団が、再び彼の眉宇びうをひそめさせた。
 いずれの家中か、物々しいいで立ちが十人あまり、
退けぃ、素浪人!」
 荒々しい声を上げて通り過ぎるのを、道の端に身を避け、見送るかたちとなる。
 その一行の目指す場所が、先ほどの無住時であることに気付いたとき、浪人は寺に向かってきびすをかえしていた。


                第一章   雨

 大川の六本杭という。
 両国橋近く、蛇行する隅田川の流れが河岸を侵食するのを妨げるために、多くの杭が打ち込まれている。それが名前の由来であった。
 夕刻――
 その百本杭に、鮮やかな色彩が絡み、たゆとうているのが人の目を引いた。
 友禅の着物をまとった女であった。
 紅藤の地に、牡丹、菊、藤、菖蒲に桔梗――百花を染め出した振袖と赤地錦の帯が、折からの小雨に打たれ、川浪に洗われているさまは、時ならぬ花の川面に乱れ咲いたかに見える。暗鬱あんうつな梅雨の景色に不似合いな、華やいだ、しかし異様な景色であった。
 まとうているのは無論若い娘――波にき流された黒髪のあわいから見え隠れする顔は、ろうのように白い。死んでいるのは一瞥いちべつしただけで明らかであった。
 騒ぎと噂は次々と波及し、ようやく知らせを受けた役人が駆けつけた時には、川岸には物見高い江戸っ子で傘の垣ができていた。
 そうして、役人の指図で娘の亡骸が引き上げられたとき、岸の野次馬達のざわめきは一層高いものになった。
 黒髪に覆われた娘の顔の半面が、無残に変色し、れあがっていたのだ。
 見れば、乱れた衿元からのぞく肌にも、塗れた下着のまつわりつく白いはぎにも、無数の殴打の痕と、ぱくりと口をあけた傷とが認められる。両の手首に絡んでいるどす黒いアザは、縄をかけられた痕であろう。
「あ……足の骨が……」
 娘の下肢の方を持って吊り上げようとした小者が、顔色を変え、両足の骨がぐさぐさに砕かれていると、声をふるわせて検死の役人に報告した。
「可哀そうに。責め殺されたな」
 石を抱かせられたと見える。死体を改めた役人の言葉に、見物人たちのどよめきが、さらに高くなる。
「あのなりだと、御殿女中だが――」
「――ってえと、殿様のご寵愛ちょうあいに、奥方サマの悋気りんきって筋かえ?」
「女の恨み、思い知ったかぁ」
「いや、いや。皿屋敷のお菊の例えもあるぜ」
「なんにしたって不浄の亡骸、葬ることはまかりならぬ――ってえんで」
「大川へざぶーん、ってか?」
「本当なら、品川の海へ流れていっちまうところだったんだろうが」
 思いが残ってたんだろうなあと云う声。
「可哀想に」
「なんまみだぶ、なんまみだぶ……」
「南無妙法蓮華経……」
「よしねえ。消しあっちまわあ」
 勝手な憶測やら推理、果ては念仏やらお題目までが飛び交うのを、耳に収めながら、少し離れた場所でこの様子を見ていた仙太郎は、不意に誰かに呼ばれでもしたかのように、後方に視線を転じた。
 女形にしたい。年頃の娘達に騒がれる美貌に、ふっと不審の色が浮かぶ。
 視線の先に、女が立っていた。
 小降りとはいえこの雨の中、傘もさしていない。梅雨の季節に不似合いな紫のお高祖頭巾こそずきんは、むしろ顔を隠すためのものと見受けられる。町方の女の着る地味な藍の縞ものを身につけてはいたが、着物の着方、頭巾のかぶり方、姿勢の良い立ち姿、どれ一つをとっても町方の女とは違う。 
 武家の――それも、屋敷者と仙太郎は直感した。
 それにしても、きつい、白い顔に浮かんでいるあの奇妙な表情は何だろうかと、つい、視線が吸い付けられる。
 その若者の視線に気付いたのだろう。女は不審げに顔をゆがめると、ついと背を向けた。背筋をしゃんと伸ばした姿勢で、足早に歩み去ってゆく。
 ――なんでぇ、高慢ちき。
 思いながらも、好奇心を刺激され、後をつけてみようかと逡巡しゅんじゅんするところを、
「仙太郎さん」
 後から声をかけられた。
 振り返ると、藤紫の蛇の目傘。その下で、白いかお微笑わらっていた。
「美緒先生」
 顔なじみの女医。菊池美緒であった。とうに一人で看板を上げられる腕になっているのだが、浅草寺せんそうじの西、寺の多い一角にある竜泉寺という古寺の離れで、叔父の診療所を手伝っている。
「今日は、お稽古はお休みですの?」
 亡くなった養父は大名の脈も取ったという人に知られた名医。人にお嬢様と呼ばれる育ちの女性であったが、逆に育ちの良いせいか、町人で年下の仙太郎にも、この丁寧さである。
 そうじゃぁねえんだが……と、長唄の女師匠の一人息子、自分でも弟子に稽古をつけられる腕前の若者は、頭を掻く。
「おいらも物見高い江戸っ子の一人で――。美緒先生こそ、こんなところまで往診かえ?」
「あたしっ。あたしが引っ張ってきたんだ」
 かたわらに並んだ赤い蛇の目の下から、鈴を張った眸の可愛らしい娘が、ひょいっと顔をのぞかせた。黒衿をかけた黄八丈に、赤い麻の葉の帯が、灰色の景色の中に鮮やかだった。
 田原町にある口入屋、山城屋の跡取り娘、お菊である。
「御殿女中の土左衛門があがったって聞いたからさぁ」
 お菊の後、焦がれ香の番傘をさして立っているのは、大川端の料亭、八尾菊の末息子で卯之吉。二人とも仙太郎の幼馴染であった。
「もの好きだな、菊ちゃん。夢に見るぜ」
「あーら。もの好きはどっちですかねーだ」
 べーっと舌を出すと、人の集まっている方へ、一人で歩いてゆく。
「相変わらず、とんだおきゃんだ」
 苦笑いを浮かべると仙太郎は、
「結城の旦那からは、何か便りはあった?」
 美緒の実兄、結城信二郎の消息を訊ねた。
 ある事件で知り合って以来、仙太郎の方が妙に懐いてしまっている。妹の美緒と姓が違うのは、美緒が幼時に菊池の養女になっているからであった。
「相変わらず、とんと“いたちの道切り”というやつですわ」
「仕様がねえなぁ、あの旦那にも。たった一人の妹さんに、心配かけて――」
「心配などしていませんのよ」
 薄情な妹でしょうと云って、美緒はクスリと笑う。
 放浪癖でもあるのか、ふらりと出てゆくと、ふた月が三月でも帰らない、気まぐれな兄である。
「本気で心配していたら、身がもちませんもの。それに、二十年、消息も知らずに離れて暮らした兄妹ですもの。お互い、どこか冷たいところがあっても仕方ないんですわ」
 笑顔さえ見せて、あっけらかんと云ってのける。
 胸もとに下げた小さな金の鈴が、体を動かすのにつれてチリチリと涼しい音をたてた。
 同じ形の銀の鈴を、信二郎のほうは印籠につけている。元々は対の品で、兄妹きょうだいの亡くなった母の形見と、仙太郎は以前に聞いていた。
 と、
 美緒先生~~と、情けない声がして、
「あらあら、お菊ちゃんが戻ってきましたわね」
 人垣の向こうへ視線を向けた美緒が、大変と苦笑まじりに呟く。
「あーあ。だから云ったのに」
 と、仙太郎も呆れ顔になる。
 引き上げられた死骸を目の前で見たのだろう。真っ青になったお菊が、卯之吉に支えられて、よろよろと二人の方へ戻ってくるのが見えた。



 ――ここは……?
 淡い闇の中で目覚めた奈津は、まだ夢の中にいる心地であたりを見回した。
 古びたふすま。破れ畳。横たわった奈津の体には、夜具のかわりに辻模様の振袖が着せ掛けられている。空気にじっとりとした湿気がこもっているのは、雨が近いからであろう。
 ――ああ、そうだった。ここは……。
 すぐに心づく。
 彼女とその幼いあるじが身を隠していた古寺。その場所にまだ留まっていたのだ。
 誰にも知られるはずのないこの場所が、討手の一団に襲われたのは、今日の午前であったろうか――
 蝋燭が淡い光を投げかける部屋の中で、奈津とその幼いあるじの救い主である、結城信二郎と名乗った浪人は、彫りの深い端正な顔に苦笑めいた表情を浮かべて座っていた。膝にもたれて、市松人形のような童女がすやすやと寝息を立てている。幼子に寝入られてしまい、身動きが取れぬというところらしかった。
 ――姫さまが……。
 あのような安らいだ表情でお休みになるのは、久方ぶりのこと。いや、それ以前に、初対面の、それも男性に懐くなど珍しい。思いながら奈津は、その浪人がまだこの寺に留まっていることに安堵している自分に、淡い戸惑いをおぼえていた。
 恐ろしいほどの剣技の持ち主だった。素っ気無い――というよりは、冷たい感じの、近寄りがたい――年若い奈津には、むしろ恐ろしい感じのする男だった。
 まして、行きずりの彼女達に助成をしてくれる理由など、思い当たらぬ。
 この若い浪人者が、何故彼女達を救ってくれたか――二人を襲った刺客たちを瞬く間に斬り捨て、手傷を負った奈津の手当てをしてくれ、さらに、それが元で熱を出した奈津に付き添うていてくれる――その理由を、奈津は今に至るまで聞いてはいなかった。そしてまた奈津も、幼いあるじともとも命を狙われる理由を、彼に話してはいなかったのである。
「申し訳、ございませぬ」
 何度目かの詫びの言葉を口にすると、奈津はそっと身を起こした。
 額に置かれていた濡れ手ぬぐいが畳に落ちて、湿った音を立てた。
 信二郎が、顔だけを奈津の方に向ける。
 童女を起こすことを気遣ってのようであった。
「あの……」
 云いかけて、異性の冴えた双眸に下着一枚の姿を見られることに羞恥をおぼえ、奈津は口ごもった。
 思えば、楽なようにと帯を緩めてくれたのも、この青年ではなかったか……。
「熱は、下がったようだな」
 青年が云う。
 奈津の顔色で判断したのであろう。ひくい、印象的な声であった。
「おかげをもちまして……」
「まだ、横になっていたほうがよい」
 それきり、信二郎はまた、童女の方へ視線を向けた。
 指の長い、かたちの良い手が、幼い姫の黒絹の髪を愛おしむように撫でる。
 ああ――と、奈津は小さく息を吐いた。
 これなのだ、と。
 この人は、姫様に優しい。優しい言葉をかけるわけでも、まして、相手になってやるわけでもないが、ちょっとした仕種、まなざし、そんなものが。
 きっと、本当は心根の優しいお人なのだ。
「……あの………。わけを、お話せねばなるまいと存じます……」
 夜具の代わりにしていた着物を肩にはおると、奈津はためらいがちに口を開いた。
「誓紙を差し出している身ではないのか」
 返された言葉は、むしろ冷ややかなものだった。
 武家――ことに大名家に奉公に上がったものには、屋敷内で起こったことの一切を口外せぬとの誓紙を差し出す定めがある。信二郎はこのことを云ったのである。
「こちらも気まぐれでしたことだ。恩とも義理とも感じてもらう必要はない」
「いいえ! ぜひとも聞いていただきとうございます」
 視線を虚空に向けて無感動に云われた言葉に、奈津は、衝動的にそう口走っていた。なぜ、そうしたのかは、奈津自身にもわからなかった。
「わたくし、どうしても我慢がならなかったのでございます。このようないとけない姫さまのお命を縮めることが。……お殿様は、どうして姫さまをお憎しみ遊ばすのか…………」
 奈津の言葉に、信二郎の表情がわずかに動いた。
 稲妻に似た、鋭い何かであった。
「藩の名はお許し下さいませ」
 そう前置きして奈津が語ったのは、次のような内容であった。
 千代姫さま――西国のさる大名のひとり娘であるこのもの云わぬ童女に、奈津が仕え始めてから、まだ三月にもならぬ。その間に、彼女の姫に対する心情は、主人に対する侍女のものから、不幸な幼子を愛しむ一人の人間の者に、徐々に変化を遂げていった。
 父である藩主にうとまれている様子の姫に、不憫ふびんの思いが働いたのかも知れぬ。
 大人しい童女であった。
 生母を失ったのを機に、一切口を利かなくなった童女であるという。
 可愛げのない子供と、陰口を利く者もあった。大人しすぎて、気味が悪いという朋輩ほうばいもいた。硝子のような目で、じっと見つめられると、心の奥底を見透かされているようで、落ち着かないという者もいた。
 わずか五歳の童女を相手に何をと、奈津には朋輩達の云い様が可笑しかった。可愛いと――愛しおいと思って接すれば、これほど素直に応えてくれる姫ではないか。
 そして、藩主の姫を疎む理由も、朋輩達のそれに類することかと思っていた。
 その藩主の姫に対する感情が、殺意であると気付いたのは、いつからだったろうか――
「お殿様からと賜わったお菓子に、毒が入っていたことがございました。あるときは、泣きむずかる姫様を、無理に膝にお抱き遊ばしたお殿様が、脇差しを抜いて――慌ててお留めしたお側の者に向かって、たわむれじゃと仰せられましたが――」
 その目の中に、奈津は紛れもない殺意を見て取っていた。
 父が、実の娘に向けるまなざしですらなかった。
「そして、とうとう――」
 幼い姫に死が命じられたのだという。
 それを承服できぬ老女の一人が、一部の腹心と図って、姫を屋敷の外へ逃した。
 主君への忠誠が絶対の時代であった。
 あるじが命じれば、それがいかに理不尽な要求であろうとも、臣たるものは黙って従わねばならなかった。
 武士道の吟味と呼ばれるものも、太平の世が続くに連れて次第に変化し、気概を失ったこの時代の武士にとっては、忠義の道とは、主君の意を汲々として迎えることに他ならなかったのである。
 主君の命ずるままに、娘を差し出し、妻を死なせ、ついには己の命までも失う――後世に『武士道残酷物語』として伝えられたある一族の悲劇は、この時代、忠義の美名の下に繰り返されてきた、まぎれもない『事実』なのであった。
 そんな時代に――
「わたくしたちのいたしたことは、臣下としての道からも、武家の道からも、外れることでございましょうが……」
幇間ほうかんの真似ごとばかりが、士道ではあるまい」
 蝋燭の明かりに照らし出された青年の横顔は、冷たく皮肉めいて、しかし内心の微かな痛みを感じさせるものを浮かべていた。
 『忠義』などというものとは、無縁の育ち方をした男であった。
 しかも、
「わたしの父は――」
「はい?」
 わずかな身じろぎに眠りを覚まされたのか、幼い姫がぱっちりと目をあけた。ちょこんと正座をすると、信二郎の印籠につけた鈴に紅葉の手を伸ばす。
「姫さま」
 制止しようとするのを、
「かまわぬ」
 云うと、小鈴をはずし、姫の丸けの帯締めにつけてやる。
 嬉しそうに鈴を鳴らす童女の姿に、青年の昏い眸が、わずかに和んだかに見えた。
 ――この方は……。
 あるいは、不幸な育ち方をされたのではあるまいか。
 そう感じ、奈津の胸がきゅんと小さく痛んだとき、信二郎が静かな動作で立ち上がった。左手に大刀が下げられている。
「……結城…さま……?」
「来たようだ」
 冷静な、むしろ興がっているような表情であった。
「討っ手!?」
 奈津の顔色が変わる。
 すでに屋敷の者に発見されている場所に、今まで留まっていたのは、傷を負っていた奈津を動かせなかったことのほかに、もう一つ理由があった。
 奈津と一緒に姫を守って屋敷を抜け出した朋輩――当面身を寄せるはずであった日本橋の大店、武蔵屋の様子を見に行った彼女の帰りを待っていたのである。
 たってと、奈津が願ったことであった。
「申し訳ございませぬ。わたくしが――」
「気にすることはない」
 穏やかに応える信二郎の吐裡とりに、
 ――やはり、一人残らず斬り捨てるべきであったか……!
 微かな食いがたゆとうていることを、もとより奈津は知らぬ。
 逃れる刺客を、追いすがってまで斬らなかったのは、格別慈悲の心が働いた次第ではない。幼子に、必要以上の殺戮の場面を見せることがためらわれた。それだけの理由であった。
 ――繰り言! 
 切り捨てると、枕元の懐剣に手を伸ばした奈津に、
「出てはならぬ」
 信二郎は告げた。
 静かな口調だった。
「結城さま!」
 千代姫を抱いて、奈津は声を慄わせた。
 何を云えばいいのか、何が云いたいのか、奈津自身にもわからなかった。
 ただ、部屋を出がてに信二郎の残した言葉が、不思議な重さを持って奈津の中に残った。
「わたしの父は、主君の理不尽に逆ろうて、斬り死にをしたそうだ」




                                  つづく
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つづきはいつ?

おぉ、大臧(じゃなくてニコさん?)がここに!
かっこいい~~(〃∇〃)
なるほど、reiさんのストライクゾーン、直球ど真ん中ってわけですね(笑)

いやぁ、いつものことながら、玄人はだし。。。
出だしから情景が浮かんでくるようで、印象的です。
続きが気になります!

ふく*たま さんへ

ありがとうございます (///∇//)テレテレ

もともとは、眠狂四郎に連なるシバレン先生のニヒル剣士たちが好きで、そっち系の雰囲気で書いてたんですが、
今回読み返してみて、大臧(=ニコさん)に、面影が重なるのにびっくりしました(^▽^;)
意外にストレートな大臧くんに比べると、ウチのは相当性格にひねりが入ってますけどね。

でも、本当にストライクゾーン、まともに衝かれました。

一応、全文PC内に保存してありますが、手直しとか、他のレビューとの兼ね合いもありますので、週イチから週2くらいのペースで掲載してゆきたいなと思っています。

本当にねぇ、私のツボな部分が色々入ってますので、ああ、そうなんだ~とか思いながら読んでいただければいいかな、と思います(笑)

No title

結城信二郎=呼延大臧のイメージで読んでしまいました。格好いいです結城信二郎サマd(⌒ー⌒)!(rei さんがハマる理由が分かりました。)

しかし…結城信二郎、奈津、姫様… 。この三人がどうなるのか気になります。(早く続きが読みたいです(^^))

読んでいて江戸時代?の情景が浮かんできました。お見事ですd(⌒ー⌒)

由香さんへ

>結城信二郎=呼延大臧のイメージ
本当にねぇ。なんで、こうまでイメージが重なるんだろうと、我ながら驚いてますが、それだけ、大臧くんがツボだったってことなんでしょうね。

おかげで、以前書いたのや書きかけたのや、あれこれ引っ張り出して、楽しんでおりますが(笑)
(一応、シリーズものにしようと、目論むだけは目論んでたんですよね~)

>。(早く続きが読みたいです(^^))
ありがとうございます。
これは……予定を変えて、週3くらいのペースにしなきゃいけませんかね。

>読んでいて江戸時代?の情景が浮かんできました。お見事ですd(⌒ー⌒)
ありがとうございました(^.^)
プロフィール

rei★azumi

Author:rei★azumi
ヒト属ネコ科 コタツ猫亜種 読書ネコ
『神鵰侠侶』で金庸にハマった、金庸初心者。
とりあえず、金庸の小説全作品読破を目指すも、突如神鵰侠侶二次小説にハマる。
さて、この先、どうなりますことやら。

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