五月闇   -参-

                   第二章   想い


                                                           -弐- より  翌朝――
 夜明けを待って、信二郎が奈津と千代姫を伴ったのは、白金にある旧知の老人の隠居所であった。娘たちの目立つ御殿風の衣装を改めさせ、老人の好意で呼ばれた駕籠かごに乗り、その住まいを後にする。
 途中、信二郎が駕籠を止めさせたのは、白金と麻布の境。渋谷川にかかる四の橋。通称、相模殿橋の手前であった。
 けむるような雨が、駕籠から降り立った痩身そうしんの肩を濡らす。
 先に立った駕籠が、少し行き過ぎたところで止まると、垂れが上げられ、奈津が白い顔をのぞかせた。年齢からすれば地味な淡藤色の単衣ひとえに黒の帯を締め、髷も御殿島田を解いてこうがいに巻き付け――下級武士か浪人の内儀と見える装いであった。膝の上の千代姫も、石竹せきちく色の友禅模様の着物で、一瞥いちべつしたところでは母子のように見える。
「信二郎さま?」
「先に行ってくれ」
 怪訝けげんそうな表情になる奈津へとも、四人の駕籠屋へとも取れる口調で、信二郎は告げた。
 はっと――奈津が顔色を変える。
「あの……」
「おまかせなすって」
 駕籠屋の一人が奈津の言葉をさえぎる。追われる身と、承知の様子であった。
 頼む――と、信二郎は頭を下げる。旧知の――世の裏側を知り尽くした老人の頼んでくれた駕籠屋である。信二郎としては、安心して二人を任せることができた。
「行くぜ」
 駕籠かきたちが声を掛け合ったとき、奈津に抱かれていた千代姫が、ひょいと顔をのぞかせた。信二郎に向けて、小さな手に持った鈴を差し出す。
「お返しなされませ」
 奈津が幾たび云い聞かせても、きかなかったものである。
「預かっておいてくれぬか」
 微笑すると、信二郎は改めて童女の手に鈴を握らせた。
 千代姫の目が大きく瞠られた。
 紅葉の手を包み込んだ青年の掌の異常な熱さを、幼いながらに感じ取ったのであろうか。何かを云いたげに小さな口が開かれ――言葉は発せられなかった。
 かわりに、不安を一杯にあふれさせた目で、奈津が信二郎を見つめた。
 その視線から逃れるように、
「やってくれ」
 云って背を向ける。
 垂れが下ろされ、娘と童女の姿を隠す。
 遠ざかってゆく駕籠の、お定まりの威勢の良い掛け声を耳に納めながら、信二郎は大きくひとつ、肩を喘がせた。
 橋の欄干らんかんを背にすると、
「どこで嗅ぎつけたかは知らぬが――」
 見え隠れについてきていた気配に向かって、声を張る。
「出て来い。お互い、このあたりで決着をつけた方が良さそうだ」
 呼ばれたように、ばらばらっと数個の影が走り寄る。
 橋を後ろ盾に取った信二郎を、開いた扇の要に、陣形を取った。
 田崎新八の姿も、その中にある。
 左手を懐に置いたまま、まだ刀の柄に手をかけようともせぬ信二郎に、互いの連携を保ちながら、まずは二人、ほとんど同時に斬ってかかる。
 大気に悲鳴を上げさせながら振り下ろした一刀。
 斬った! 
 確信したのが相手の影であることに気付いたとき――
 信二郎の刃は、抜き打ちに反対側の一人の胴に吸い込まれている。
 その刃がひるがえって、はっと受け太刀を取った今一人の頚動脈をね斬る。
 首筋から噴き出す血潮の後を追うように、数歩よろめいた侍は、渋谷川に転げ落ち、飛沫の音を響かせた。
 橋を背にした位置を動かず、信二郎は片手に構えた切尖きっさきを地摺り下段に落とした。
 青眼に構えた一人が、じりっと間合いを詰める。
 きらっとはねあがった刃に誘われたように、
「とうーっ!」
 裂帛の気合を響かせて斬りかかった。
 その胴を――
 秘剣残月、優美な弧を描いて断ち斬っている。
 相手の、どうと地に伏す音を聞きながら、信二郎は再び大きく肩を喘がせた。
 千代姫に目をみはらせたごとく、患苦は奈津たちの目から隠しおおせるのが難しいまでになっていた。痛みは波状に襲い掛かり、熱は骨身を苛んでいる。周囲の景色が不意に遠ざかり、また近づいた。
 その、熱に狂った視界に、一つの影がさした。
 顔も、体つきも四角い、武骨そのものの男。
 ――田崎新八……!
 強敵であった。
 常態で立ち会っても、おそらくは互角。
 その相手に――。
 ――今の、この体で立ち向かえるか……。
 不可能、というよりなかろう。
 そうと悟りながらも、信二郎の口許には静かな笑みが刷かれている。
 たった今、この場で捨てたところで惜しい命ではないのだ。
 今日まで、数え切れぬ人の命を白刃に吸わせてきた。その、おのれの命の果ても、誰かの刃にかかっての斬り死にと決めている。
 いや。剣をるものには、戦いの中の死こそが本望。
 その思いが表情を、一刀を地に摺るほどに構えた静止相を、この上なく静かなものに見せていた。
 すっ――と、田崎が動いた。
 するすると間合いを詰めながら、構えを上段に移行させる。
 瞬間――
 ふっ……と笑みを澄んだものにすると、信二郎は静かにまぶたを閉ざした。
 もとより諦念ていねんの故ではない。
 熱に狂った視界を捨てたまでのことである。
 同時に――
 脳裏からも外界の一切が消える。
 幼い姫のことも。
 奈津のひたむきなまなざしも。
 おのれの生死さえ――
 ただ、孤剣におのれのすべてを託して、汐合のきわまるのを待つ。
 刹那とも無窮むきゅうとも思えるときの果てに――
 剣風が小雨に煙った大気を引き裂くのを感じた。
 応えるように信二郎も剣を摺り上げる。
 宙で田崎のそれと噛みあうはずの剣の軌道が、刹那、わずかに変化した。
 速度と、角度が――
 一刹那のさらに何分の一かの差で、田崎の白刃をかいくぐったそれが、胴に達しようとする。
 そのままなら相討ち。
 咄嗟とっさに剣を止めて身を退いたのは、田崎新八なればこそ。余人であれば、逆袈裟ぎゃくげさの斬撃をまともに浴びていたろう。
 飛び退すさって剣を構えなおした田崎は、その瞬間、相手の体が大きく揺らぐのを見た。
 ――こやつ!
 曽根から受けた弾丸たま傷が、思いがけず深傷ふかでだったのだろう。もう、刀を一振りする気力も体力も、残してはいまい。そう判断して、刀を振り上げる。
 残月。互角の立会いで破ってみたい気はあったが――
 不意に、鋭い女の声が耳朶じだに刺さった。
 信二郎が、はっと目をあける。
 二組の視線が向けられた先に、
「引いてくだされ! 田崎殿!!」
 必死の形相の奈津の姿があった。
 両の手で構えた短銃が、田崎の体に照準を合わせている。
 荒れ寺で曽根から奪い取って、捨てておいたものであった。
 護身用にと、奈津が持っていたのであろうか。
 危ない――と直感する。
 銃は、素人が撃って、容易に当るものではない。逆に、反動で両肩を脱臼した例すら、信二郎は知っていた。
 が――
 膠着こうちゃくの姿勢を保ったまま、田崎も信二郎も、ともに動けぬ。
「ひ、引いてくださらねば、撃ちます!」
「む……おのれ……」
 田崎が、呻くとも唸るともつかぬ声を上げる。
 対決を見守っていたほかの武士たちが、奈津のほうに殺到しようとした。
 緊張か恐怖からか、奈津の顔は紙のように白くなっている。
「う……撃ちます……!」
 銃を構えた手が、大きく震える。
 小さく悲鳴を上げながら、奈津は引き金をしぼった。
 轟音。
 衝撃で銃身をはねあげられ、華奢きゃしゃな体がおおきくのけぞった。
 銃口は上にそれ、弾丸は無論、田崎の体をかすめもしない。
 が、ざわっと討手の中に動揺が走った。
 江戸市中には発砲厳禁の掟があった。
 雨中とはいえ、人家はさほど遠くない。
 旗本屋敷の立ち並ぶ一角も、間近にある。
 同時に―― 
 奈津の方へ踏み出そうとした田崎の顔にも、激しい動揺の色があった。
 動こうとした瞬間、下腹に鋭い痛みが走ったのだ。
 見ると、袴が斜め一文字に切り口を見せ、赤く染まり始めていた。
 かわし切ったと確信した刃は、浅く、しかし鋭く、彼の体を捕らえていたのである。
 敗北感が、ふっと気力をえさせた。
「人殺しぃ!」
 その心理を見透かしたように、不意に声が上がった。
 さらにひとつ。
 またひとつ。
 奈津たちを乗せていったはずの駕籠屋のものであったが、討手の武士たちは、そうとは知らぬ。通りすがりの者に見られたと思った。
「斬り合いだぞ!」
「侍同士が、斬り合いだ!!」
 声を聞きつけて、ほどなく人が集まってくるだろう。
 あるいは役人も。
 何かのきっかけで、藩命が知れると――まずい!
 判断した田崎の動きは早かった。
「引け!」
 命じざま、二間の余を一気に飛び退ると、身をひるがえす。
 残る討っ手が、それに従う。
 田崎の幅の広い背中が雨の中に消えてから、信二郎はようやく構えを解いた。
 崩れかかる膝を叱咤し、刀を支えにして奈津のそばに歩み寄る。
「なぜ……戻った……」
 云う声が、かすれた。
 奈津は大きくかぶりを降ると、呼気を喘がせた。
 緊張の糸が切れたのであろう、その場に座り込んでしまっている。
 両の手は依然として、短銃を握りしめたままであった。
 必死で田崎に照準を合わせていたため、指が硬直してしまっている。一本一本引き離してやるのに、信二郎は渾身の力を込めなければならなかった。
「………奈津………」
 名を呼ばれて顔を上げると、奈津は、ひたと、信二郎に眸を合わせた。
 その――眸のひたむきさを受け止めかねたように、信二郎はわずかに顔をそむける。
「……こんな……素浪人の命ひとつ、見捨ててくれてよかったことだ」
 云うと、奈津は激しくかぶりを振った。
 娘の顔を濡らしているのは、雨ばかりではないようだった。





 本所五つ目。田畑と雑木林の中に寺社や大名家の下屋敷が点在する、寂しい地域である。
 その一角に、結城信二郎が唯一の友と呼ぶ青年の住まいがあった。
 青柳喬之介きょうのすけというのが、その盲目の青年武士の名前である。
 ただし偽名――そう、あっさり云ってのける人を食った部分も、この清雅な雰囲気の青年は持ち合わせている。
 さる譜代の家の嫡男として生まれたが、二十歳のとき、家督相続を目前にして両眼の光を失った。以来、亡き祖父の隠居所であったこの屋敷で、ごく少数の身の回りの世話をするものたちとひっそり暮らしている――と云いたいが、なかなか大人しく逼塞ひっそくしていてくれるような気性には生まれついていないあたりが、忠実な老いた守り役の頭痛の種であった。
 昨日は昨日で、屋敷に出入りを許されている仙太郎という若者が、大川に御殿女中の土左衛門が上がったとかいう、愚にもつかぬ話を持ち込んでいた。何か進展があったら知らせるとか云っていたから、おそらくは今日にでも――
 来客の気配に渋面で玄関まで出て行った上月半左衛門老人は、意外な来客に、おっと目をみはった。よいしょと腰を伸ばすと、大慌てで満面の笑みに作り直した表情を、門の脇の佇む藤紫の蛇の目を携えた佳人に向ける。
「お邪魔でしたでしょうか?」
「なんの、なんの。美緒殿なら、いつおいでなされても構いませぬわい」
 むしろ大歓迎である。
 いそいそと主人の居間のほうへ通すと、
「若! 美緒殿がおいでなされましたぞ」
 大音声に呼ばわった。
「爺。大概に《若》はよさぬか」
 この家の若い主人が苦笑する。
 昼近く――昨夜半から降り続いた雨が、ようやく一時の小康を得た。そんな頃合であった。

 喬之介と美緒との付き合いは、信二郎とのそれよりもはるかに長い。二人が知り合ったのが、喬之介が二十一歳、美緒が十六歳の春だったから、やがて十年にもなるだろうか。互いに好意を抱いているらしいのだが、一向に男女の中に発展する気配を見せないのを、
「本所の七不思議のひとつに、入れ替えてもいいんじゃないのかえ?」
 仙太郎あたりは、本気で不思議がっている。あげく、
「いつも、爺さまが若様のそばにくっついてるのが、悪いんじゃねえのか?」
 とまで云われては、上月老人としては、立つ瀬もしゃがむ瀬もありはしない。
 美緒を喬之介の伴侶に――と最初に考えたのは、上月老人なのである。
 喬之介の居間は、青紫の紫陽花の咲いた庭に面して障子が開け放たれ、床の間の花入れにも同じ色の花が投げ入れられていた。梅雨の晴れ間のうすい陽射しが、その座敷にも差し込んでいる。
 部屋のあるじは縁先で、目白の籠を前にしていた。
 生き物を籠に入れて飼うのは好みではないのだが、この鳥は、猫にでもやられたらしく傷を負って落ちていたのを、老人の孫娘の千草が拾ってきた。片方の翼が折れていて飛べないのだから、ここに置いておくより仕方がない。そう云って美緒にわらってみせたのは、もう一月ほども前になる。
 すっかり元気になったらしい小鳥は、盛んに籠の入り口から差し入れられる練りをついばんでいた。
 二人の足音が近づいてくると、喬之介は顔を上げて、美緒さんか? と、わずかに首をかしげた。
 白っぽい単衣を身につけているが、それとは関わりなく、いつ見ても鶴か純白の鷺を連想させる。かの鳥が、仮に人の姿をえたら、この青年のようであろうか――と。
 顔立ちが名匠の手になる能の面のように秀麗なだけに、双眼の閉ざされたままなのが痛々しかった。
 その白皙はくせきが怪訝な色を浮かべ、
「美緒さん、鈴はどうした?」
「おお。そう申せば」
 上月老人は、先ほどから感じていたそこはかとない違和感の原因に、ようやく行き当たって手を打った。美緒に付き物の鈴の音が聞こえなかったのである。
「実は、そのことでうかがったのです」
 挨拶も前置きも抜き。その場にすっと座を占めると、美緒は懐からふたつ折にした懐紙を取り出した。はさんでおいた鈴を取り出す。
「紐が切れておりますのう」
 カミソリか何かで、すっぱりとやったようじゃと、上月老人が、主人の不自由な目の代わりをつとめる。
 茶菓を持ってきた千草が、ちらりと視線を向けて、黙って退出していった。
「何の理由もなく真新しい紐が切れる。喬之介さま、どうお思いになります?」
「信二郎の身に――と、美緒さんは考えているのだな」
「胸騒ぎがいたしますの。――などと、わたくしが云ったら、それこそ大笑いでしょうけれど」
「だが、胸騒ぎがする?」
「はい。ご老体、笑ってくださってかまいませんのよ」
 先手を取られた老人が、かたわらでむむむ……と意味不明の唸りを発した。
 結城信二郎と云う男、どうしようもない気まぐれで――というのが、かねてからの上月老人の評価である。
 実際、気が向かねば十日が二十日、ひと月の余も顔を見せぬことなど少しも珍しくはない。ひどいときなど、一年以上も行方をくらましてしまったことさえある。そうして、そんな兄の行状に、誰よりも平然とした態度を見せてきたのが、唯一の肉親である妹の美緒なのであった。
「あんな勝手な人、まともに心配していたら、こちらの身がもちませんわ」
 というのが、
「かねてからの美緒殿の口癖であったはずじゃが」
 と、からかってやりたい気持ちも重々ある。
 逆襲される可能性はそれ以上なので、控えているのだが。
 そういえば、もう幾月顔を見せぬのかなと、喬之介は淡い笑みを浮かべる。
「わたしの方でも、できる限り探させてみよう。杞憂であれば、それに越したことはない」
「そうしていただければ」
「美緒さん」
「はい」
「信二郎のことだ。あまり案じぬがよい――というのは、無理であろうな」
「別に、案じているわけではありませんのよ。あれほど心配のし甲斐のない人も、ないのですもの」
 少しすねたように云う美緒に、喬之介はふわりとした柔らかい笑みを見せた。
 わたしにまで強がって見せることはない。そう云われているようで、美緒は頬を少し赤らめる。
 まだ何かを云いたそうな風情を見せたが、すぐに思い直したように、いつもの笑顔に戻り、お願いいたしますと頭を下げて帰って行った。
「どうも、今ひとつわからぬ兄妹仲ですわい」
 美緒の後姿を見送って、上月老人が呟き、
「わたくしも」
 茶器を下げにきた千草が、不服そうに云った。
「なにやら冷たすぎるように思います。信二郎さまも、美緒ねえさまも」
 聞いていたのかと云われ、申し訳ございませんと慌てて平伏する。
「千草は、美緒さんが取り乱して見せぬのが不満のようだな」
 守り役の孫娘に向けた喬之介の口調は、柔らかな揶揄やゆを含んでいる。
「いえ。美緒ねえさまは気丈な方でいらっしゃいますから。でも……二十年近く離れて暮らしたご兄妹というのは、あのようなものかと。ことに信二郎さまが」
 実の妹のところに数えるほどしか顔を出さぬ兄というのが、この二十歳にならぬ娘には理解の外らしい。
「二十年ともに暮らしても、情の通わぬ父子もある……」
 独語めいて、喬之介は呟く。透ける様な白皙を、ある影がかすめて去った。
「不安だから、不安でないふりをする。心配だから、案じていないと口にする。そうせねば――強いふりをしてみせねば、おのれの心が保ってゆけぬ気がする。………おそらく、信二郎もな……」
 愛しくないはずはないのだ。ただ一人の妹を。
 ――二十年。美緒のことは忘れたことがなかった。
 ふと、何かの折に、そう洩らしたことがあった。
 庭の一角に、青々と葉を繁らせた木蓮の木。その梢から、チチチチ……と鳥の声が降ってくる。
 応えるように、籠の中の目白が鳴いた。
 不意に羽ばたきの音だけを残して、梢の鳥が飛び去る。籠の小鳥はさえずりを続けている。
「お前も、飛んでゆきたいのか……」
 話しかけた喬之介の声は、ひくい。
 ――気強く振舞わねば、おのれの心を保ってゆけぬときもある……。
「右近――」
 隣室に呼びかける。
 襖が開き、その向こうに控えていた影が部屋へ入ってくる。
 地味な藍の筒袖に黒の袴をつけた、二十代半ばほどの若者であった。
 相馬右近。影衆と呼ばれる一族の出で、代々喬之介の生家に仕え、藩主とその一族の身辺警護の任に当たっている。
「話は聞いていたな」
 は――と、右近の応えは短い。
「信二郎の行方を探し出してくれ。できるだけ早急に。あれは……わたしにとっても、大切な友だ」
「は」
 無理を云ってすまぬなと嗤うと、いえ――と、柔らかな答えが返ってくる。
「仙太郎の手も借りましょう」
 亡父が目明しだったから、というわけでもなかろうが、奇妙なほどの情報通。どこで手に入れるのかと思われるような情報も、いつの間にかちゃっかりと入手している若者である。市井の、ことに無頼を自称する浪人が足を踏み入れそうな場所を調べるには、こういう若者の方が頼りになる。
 ではと、短い答えを残して右近が下がったあと、
「……雨だな」
 ふっと、放心したように喬之介が呟いた。
 老人が、怪訝な表情で空を仰いだ。とろんと濁ったような空には、病んだような白っぽい太陽が、それでも顔をのぞかせているのである。
「若……」
 雨など降ってはおりませぬと云いかけたとき、パラパラと小さな音が耳を打った。
 庭先の紫陽花の広い葉をぬらして、細かい雨が降り始めていた。


                                         つづく
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コメント

不覚

弐がアップされていたことに気づかずにいて、本日参と一緒に一気読みいたしました。
さりげなく小ネタが盛り込まれてて、「なるほど~」と思いながら拝読。
魅力的な登場人物も増えてきましたね~。
まだ本作も終わってないのにこう言っちゃ何ですが、シリーズものになりそうな雰囲気がありますよ(笑)
信二郎サマと仙太郎の出会いの事件とか・・・?
それはともかく、つづきが楽しみです!

ふく*たま さんへ

こちらこそ、弐をUPした直後にニコさんのCD記事をUPしちゃったり、タイトル部分が作品名だけだったりと、分かりにくい状態にしていましたので、すみませんでした(^^;ゞ

>魅力的な登場人物も増えてきましたね~。
>まだ本作も終わってないのにこう言っちゃ何ですが、シリーズものになりそうな雰囲気がありますよ(笑)

ありがとうございます。
信二郎、喬之介、美緒の3人は、いわば私の最古参のキャラで、(というほど、作品かいてないんですが)
中と挫折したり、頭の中だけで考えていた話、いくつかあったはず……なんですよね(笑)

>信二郎サマと仙太郎の出会いの事件とか・・・?

これねぇ、話を作りかけて途中で挫折して、しかも、当時使っていたワープロ専用機が老朽化で故障して、保存してたデータが読み出し不能になった……というのが、あるんですわ。
印刷してた記憶もあるので、なんとかメモなりと発掘して、練り直してみようかと、最近考えてます。
(美緒と信二郎の再会話も絡んでますので)

>それはともかく、つづきが楽しみです!

ありがとうございます(^^♪
週3くらいでUPの予定ですので、引き続き、よろしくお願いします。

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