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五月闇  -陸-

               第四章  黒白こくびゃく

                                                      伍より  ――これでよかったのだろうか……?
 通された座敷で、落ち着かなげに身じろぎをしながら、奈津は何度目かのこの言葉を胸のうちにのぼらせていた。
 蔦屋にあのまま留まっていることに耐え切れずに、後先も考えずに着てしまったのだが――
 ――やはり、ご相談してからの方が良かったのだろうか?
 奈津が通されたのは蔵座敷と呼ばれる、文字とおりの土蔵の二階に設けられた座敷だった。
 土蔵の中は、夏は涼しく冬暖かく、しかも人目にふれない。町人達の分に過ぎた贅沢ぜいたくを取り締まる上役人の目をはばかる必要もなく、江戸名物の火事にあっても消失する心配がないため、思うざま贅を尽くした拵えになっている。
 極彩色、金箔を貼った花鳥のふすまや、錦の縁の畳、銘木や蒔絵まきえの調度など、大名家の奥向きも及ばぬ豪華さなのだが、場所が土蔵の中であるだけに、体よく監禁されたような感じも否めない。
 先にここを訪ねたはずの朋輩の様子が知れぬことも、今もって主人が戻らぬことも、奈津の不安をあおる。
 ここは上司である滝川の実家。何一つ案ずることはないのだと、奈津は懸命に自分に云いきかせた。
 こうしてみると、あの家に千代姫を残してきたのは、せめてもの正しい選択だったかもしれない。信二郎の顔を思い浮かべ、そう思う。
 その信二郎が、すでに敵の手に落ちていることも、姫がその信二郎の妹――美緒の手で保護されたことも、無論、奈津は知らないでいる。
 ――いいえ。全ては、武蔵屋のあるじ殿が戻られてから。
 襖の向こうから声をかけられ、奈津は顔をあげた。すっと居住まいを正す。
 それを待ち受けていたように、緋牡丹を描いた襖が開き、恰幅の良い男が入ってきた。が、どうしたことが、顔色をひどく青ざめさせ、奈津の前に座っても、一言も口を利こうとしない。 呼吸が苦しいかのように肩を喘がせ、喉仏をひくひくと痙攣けいれんさせている。
「武蔵屋どの? あの……?」
 どうなされたのですかと、訊こうとした時、
「どうした、武蔵屋?」
 襖の陰から、嘲りの言葉が投げられた。
「小娘一人を前に、急に臆病風に吹かれたか? 先ほどの悪党振りが、嘘のようだの」
 聞き覚えのある悪意を含んだ声に、奈津は、はっと顔をこわばらせる。。
 ――まさか!?
「その通り。昨夜以来であったな、お奈津どの」
 嘲弄の声とともに姿を見せた人物に、
「曽根さま…………」
 奈津は、小さく悲鳴を迸らせていた。



 そのころ――
 三人の武士が武蔵屋へ入っていったことを確認し、一旦本所へ戻ってきた美緒を待っていたのは、小さな銀鈴だった。
「ええ。間違いなく兄のものです」
 手にとることもせず、美緒は即答した。
 竜泉寺の自分の部屋以上に見慣れた座敷。正面には喬之介が。その傍らには忠実な守り役の上月半左衛門衛門。お菊と卯之吉も同席させられている。
「じゃあ、あの子は結城の旦那の――」
「兄に限って、そういうヘマはしないと思いますけれど」
 “隠し子”という観念がしっかり刷り込まれてしまったらしい卯之吉に、太ぉい釘を一本打っておいて、
「喬之介様は、どうお考えになります?」
 静かに正面に目を向ける。
「考えようにも、材料が足りぬが」
 答えて、喬之介は微笑した。
 先ほどからの雨が急に勢いを増して、軒を打つ雨音が、この座敷にも届いている。
「信二郎が関わっている。――それだけは、間違いないようだが」
「なにやら、妙に武蔵屋が絡んできますのよねえ」
 仙太郎が見ていたのが武蔵屋の寮。死体となって大川に浮かんだ奥女中の上司も、武蔵屋の娘。そして、侍たちが入っていったのも――
 それに、兄がどう絡んでいるのか――
「あやつ、いま少し詳しい事情を残すなりしてくれればよいものを」
「世の裏側になじんだものの、さがでもあろうな」
 上月老人の言葉に、喬之介が小さく溜め息をつく。
 信頼されていないというわけでは、決してあるまい。が、一人で行動することが習性になっているのか、あるいは“こちら側”の人間には、あたうかぎり迷惑を掛けたくないと思っているのか――
「あ奴が、そのような殊勝しゅしょうなことを」
 と、上月老人は、一言のもとに否定する。
「あの子供が、口なときければ、多少のことなりと、分るのでござりましょうが」
「ああ。あのお人形さん」
 卯之吉が余計な口をはさんで、お菊に小突かれている。
 その“お人形さん”は今頃、千草の手で、湯浴みと着替えの最中のはずである。
「言葉を失っているような――と、そう云ったな、美緒さん」
「はい。わたくしたちの云うことは理解できるようですが、何か、よほど恐ろしい目にあったのか、惨い目にあったのか。閉じてしまった心をほぐしてやるには、相当な時間がかかるでしょう。それとも、何か強い衝撃が。可哀そうに、あんな小さな子が」
 その年頃の自分と比べ合わせて、美緒は一層、不憫の思いに耐えぬようである。
「美緒さん、すまぬが、今夜は泊まって行ってはくれぬか」
「わ……若……」
 不意の喬之介の言葉に、上月老人が、酸欠を起こした金魚のように、ぱくぱくと口を開閉する。なにやら、あらぬ誤解をしているらしい。
「幼子の扱い、千草の手に余ることがあるかも知れぬ」
「承知いたしました」
 にっこりとあでやかに笑って、美緒は答える。
「でも、わたくしも子供を持ったことはございませんのよ。どなたかが何も云ってくださらないおかげで、お嫁に行きそびれてしまいましたもの」
「医学を生涯の伴侶とする所存と、あっさり長崎へ行ってしまったのは、誰であったかな?」
 云って喬之介は、ちらっと苦笑めいた影をよぎらせ、上月老人は相変わらず、酸欠の金魚を続けている。
 へぇ~、そんなコトがあったんだ、驚いたと、お菊と卯之吉は顔を見合わせ、詳しい話しを聞きだそうと身を乗り出す。
 と――
「喬之介様! お祖父様! 美緒ねえさま!」
 慌しい足音とともに、千草が走りこんできた。



「こ、これ、千草! はしたない!!」
「お祖父様。お叱りは、あとでゆっくり頂戴いたします。その前にこれを――」
 老人の叱責しっせきを軽く受け流して、千草は小さな守り袋を差し出す。
「あのお子の持っていたものでございます。このご紋をご覧下さい」
 赤地錦の古代裂れ。檜扇ひおうぎの中心に花菱が縫い取られている。中には小指ほどの金無垢きんむくと見える観音像。大身旗本か大名家の息女に相応しい持ち物であった。
「この紋は、備中庭瀬十二万石、大槻おおつき家の紋でござりますな」
 上月老人が、ただの三太夫でないことを示す。
「大槻家?」
「さよう。しかし、御当主の和泉守殿には、お子がおありとは聞き及びませぬが」
落胤らくいんか」
「さて……」
 大名家の子息は、公儀への届出を経て、ようやく正式のものと認められる。仮に正室が生んだ子であろうと、届出がなされないうちは、落胤なのである。
「大槻家といえば、自害されたという武蔵屋のご主人のお姉さまが」
「そう、そう。大槻家の御老女さまで」
 美緒の言葉に、ようやく分る話になってきたお菊が、身を乗り出す。
「そういえば、後当主が近年、藩政改革に乗り出されたとか。さほどやり手とも英明とも聞いてはおりませなんだがなあ」
 むしろ暗愚あんぐ。政治にはまったっく関心を示さず、当歳の赤子が家を継いでも差しさわりのないまでに整えられた中央集権体制の上にあぐらをかいている人物とも。
「気の弱そうな人物と見た覚えがある。まだ、あちらも家を継がれる前であった」
 喬之介の評価に、
「若様、会ったことがあるんだ?」
 お菊が意外そうに云う。
「新年の、嫡子の登城の折に数度な。もう、十年以上も前になる」
「――って、あの、千代田のお城?」
「ひょっとして、ひょっとすると、公方くぼうさまにも会ったの?」
 卯之吉の問に、喬之介は笑って答えない。
 庶民であるお菊たちが仰ぎ見るだけの江戸城に、この人は入ったことがあるという。町人の、それも一回りも年下のお菊や卯之吉に、対等の感覚で接してくれているこの人が、本当に大名家の子息などだと知らされるのは、こんなときだった。
 その様子に軽く苦笑を浮かべながら、
「仙太郎」
 喬之介は障子の方に声を掛けた。
「入ってきてもよいぞ。もう一人もな」
「なんだ、わかってたのか」
 つまらなそうな声とともに、障子が開く。
 まあ、と美緒が驚きの声を上げた。
「仙太郎! 案内も請わずに――」
 入ってくる奴があるかと云いかけた上月老人の叱責が、不発に終わる。代わりに、
「や! なんじゃ、その女子は?」
 仙太郎に突き入れられた女性に、不審の声を上げた。
「仙太郎さん。その方――」
 武蔵屋の寮から仙太郎が追っていった女であった。
 四ツ谷にある大名屋敷に入っていったところを見届け、さらに、その通用門のところで張っていた。再び出てきたのを、
「通りかかった右近さんに、捕まえてもらってね。それが、偶然だか何だか、大槻さまのお屋敷で」
 云うと、仙太郎はにやりとしてみせる。
「その大槻さまについて、色々と面白い話を知っていそうなんだが、どう口説いてもはなしてもらえない。それで、ここまでご足労願ったってわけなんだけど。それと――」
 ちらっと美緒の顔をうかがいながら、喬之介の前に座りなおす。
「右近さんから伝言。結城の旦那が、大槻さまのお屋敷にいるから、もうちょっと調べてみますって」




 その、四ツ谷の大槻家では――
「とんだ手間を取らせてくれたものよな」
座敷に引き据えた奈津を憎々しげに見ながら、曽根は吐き捨てるように云った。武士たるものが――と、彼は自分をそう思っている――縄目のはずかしめを受けた。その理由の一半が、この娘にあるのだ。いくら憎んでも憎み足りぬ。
「が……こともあろうに武蔵屋を訪ねるとはな」
 飛んで火にいる夏の虫と、曽根の言葉に、奈津は悔しげに唇を噛んだ。
 武蔵屋は奥向きを取り仕切る滝川の実家。滝川の縁に連なることから、かなりの利益を受けているという話も耳にしていた。何よりも強い味方と、滝川ともども信じきっていた、その武蔵屋が、よもや裏切っていようとは――
「云え。姫をどこに隠した?」
 独創性も何もないセリフに、
「存じませぬ」
 奈津も同様に、独創性のない答えを返す。
 もっとも、実際に知らぬのだから、それ以外に答えようもない。
「とんだ強情者よな。そなたも、あの浪人同様」
「あの浪人?」
 紙のように蒼白だった奈津の顔に、薄く血の色がのぼった。
「信二郎さま!? あの方を、どうしたのです!?」
「信二郎というのか、あの浪人。痛め吟味ぎんみにかけておるが、姫の行方、おのれの名どころか、一言も口を利こうとせぬ。――あのような男、どうやって味方につけた?」
 ひどく陰湿なものが、狐を思わせる顔に現れていた。
みさおでも与えたか」
「なんという――」
 白かった奈津の顔は、怒りで朱に染まっている。もし、可能であるなら、平手打ちのひとつもくれてやりたいところであった。
「あなたという方は、なんという下劣な想像をなさるのです! あの方は――信二郎さまは、そのようなお方ではありませぬ!!」
「下劣だと――」
 逆に、曽根の顔色はどす黒く変わっている。
「下劣と申すか、この拙者を」
「下劣でなくて何でありましょう。わたくし、存じております。あなたが国許でなされたこと。お幸の方様の、昔の――」
「殿の御意に添うためじゃ!!」
「お殿様は、間違うておられます!!」
 奈津は、叫ぶように口走っていた。
 武士の家に育ったものには、口にすることはもとより、思うことすら許されぬ一言であった。
「お殿様は間違うておられます。ことに、あのような稚い姫様のお命を取ろうなど、人のする事でも、ましてや、親御のなさることではありませぬ!」
「殿が間違うておられるかどうかなどは、問題ではない。我等が、いかに殿の御意に沿うかが問題なのじゃ」
 書面を読み上げるような、曽根の口ぶりであった。
 いかに殿の御意に沿うかより、この人物にとっては、そのことによって、いかに利益を得るかが問題なのだと奈津は思う。
 佞臣ねいしん。これ以上に、この人物を正確に言い表した言葉はないだろう。政治向きに興味のない藩主に近づき、さまざまの遊び、酒色を進め――一時、不興を買って退けられたかに見えたが、いかような手段を使ったのか、また、殿の側近に返り咲いている。
 そればかりか、主君の云いつけるあらゆる無理難題を実行することにより、百石の加増までを受けているのだった。
 この男は、まるで――
幇間ほうかんの真似事ばかりが武士道ではないと、信二郎さまは仰せられました」
「なるほど――」
 呻くように云った曽根の表情は、ひどく残忍なものに変わっている。
「では、そなたは、そなたの武士道を行うが良かろう。父御ててごが、どのようなことになっても良いと云うのならばのう」
「――!」
 一瞬にして、奈津の顔が紙の白さに変わる。
「それとも、あの浪人を、そなたの目の前で切り刻んでやろうかの? 藩の内情を知られた以上、どうせ生かしては置けぬ男。あ奴の云う武士の道がどれほどのものか、そうやって確かめてみるのも一興」
「卑怯(ひきょう)……」
「なんとでも云うがよかろう。拙者は、下劣な男ゆえのう」
 青ざめて身を慄わせる奈津を見下ろして、曽根は残忍な喜悦をおぼえていた。
 信二郎さまと呼び、あの方と云う。奈津の心がどの方向を向いているかなど、手に取るようにわかる。それをいたぶってやるなど、どれほどのこともない。
「奈津……」
 声がして、隣室の通じる襖が、すっと開けられた。
 これは――と、曽根が居住まいを正して、頭を下げる。
 大槻家江戸留守居役、佐伯主馬の温顔が、二人を見下ろしていた。
「奈津……。そなた、その浪人を助けたいか?」
 意外な言葉に、四つの視線が差すような鋭さで、留守居役の顔に集中する。
「お……お留守居――」
「曽根。そなたは、しばらく黙っておれ。のう、奈津よ」
 娘の白い顔に慈顔を向ける。
「姫の所在を云え。さすれば、その男、無事に屋敷を出してやろう。殿が要らぬと仰られた姫。お屋敷の外で養うたとて、この先どうなるものでもない。姫の所在を告げて、そなたらの命を<あがの/rt>うたが良い。のう?」
「要らぬお子なら、お家とは関わりのないお子として、市井しせいでお育てしてもよろしいではございませぬか!」
「それは出来ぬ」
「勝手でございます。最初は――お屋敷に上がるときは、命を賭けても姫を守れと仰せられた。それを――」
「奈津ッ!!」
 一喝されて、びくっと娘は身を慄わせる。
僭越せんえつであるぞ」
「…………何ゆえ……何故なのでございます?」
「御家のためじゃ」
「御家の……」
 それが人の情よりも、人倫の道よりも重要なことなのか。佐伯の言葉に、うなだれて唇を噛んだ奈津は、やがてゆっくりと顔を上げた。
「あの方に、会わせて下さいませ」
「何を勝手な……」
 云いかけた曽根を、佐伯が目顔で制する。
「あの方に――信二郎さまに会わせてくださいませ。一目でよろしいのです。会わせていただければ……」
「会わせてやれば?」
「あの方の前で、何もかも申し上げます」
 江戸留守居役という仕事を三十余年、大過なく勤め上げた老武士をたじろがせるほど、娘の目は、静かな気迫に満ちていた。



 吟味部屋に続く長い廊下を引っ立てられながら、奈津は昨夜からのことを思い出していた。
 昨夜――自分達のことは捨て置いてくれといった奈津の言葉を、信二郎は笑って拒否した。
「あなた様に、お命を欠けていただく理由がありませぬ」
 云う奈津に、信二郎は誰のためでもない、自分のためだと答えた。
 自分自身の、過去のためだと。
 本当に、命を賭(か)けさせることになってしまった。奈津は思う。
 そうして、あの幼いあるじはもとより、自分自身も、何ひとつ、それに報いるすべは持っていないのだと。
 かまわないと、あの人は笑うだろう。
 自ら選んで踏み込んだ道だからと。
 ――でも、わたくしは……。
 淡藤色の単衣ひとえたもとを握りしめる。
 少し地味かと云いながら、その人が選んでくれたものであった。
 いくらか沈んだ感じのする奈津の肌に、その単衣の色は、よく似合った。
 ほめてくれたひくい声音は、大切なもののように、奈津の胸に納められている。
 ――わたくしは……。
 吟味部屋で、信二郎もまた、縄をかけられた姿で引き据えられていた。
 痛め吟味にかけたと、曽根は云っていた。
 どれほどの責めを受けたのか、端正な顔には、はっとするほどに憔悴しょうすいの色が濃い。油汗に濡れた額に、乱れた髪が張り付いている。
 傷が破れたのであろう。左の肩から袖が蘇芳すおうの色に染まっているのも、奈津の胸をうずかせた。
「信二郎――と云うそうだな」
 曽根に呼ばれて顔をあげた、その眸にも、初めて奈津と会った時の、冬星を思わせる冴えた冷徹な光はなかった。
「無駄な意地立てであったな。この娘、観念をして姫の行方を吐くそうだ」
 勝ち誇った曽根の言葉にも、表情には細波さざなみほどの変化も現れようとはしない。
「さあ」
 促されて、奈津は、
「信二郎さま……。わたくしは……」
 慄える声で呼びかけた。
 ――きっと、おさげすみになる。
 ――わたくしが、姫様のお行方を告げて、二人の命を購おうと云ったら、この方はきっと、わたくしを蔑まれる。
 その確信があった。
 曽根たちの目を盗んで、手の中に隠し持ってきたものを確かめる。
「お許し下さい。わたくしの軽率で、このようなことになってしまいました。それでも……」
 ひたと、その人の眸を見つめる。
「あのとき申し上げた言葉に、偽りはございません。あのような稚い姫様のお命を縮めることは、わたくしには我慢のならぬことでした。ですから――」
 後悔はしておりません。心の中で、そっと呟く。
 ――わたくしは、わたくし自身のために――幼い命を守りたいという、わたくし自身の気持ちのために命をかけた。これでよかったのだ。
 ――信二郎さま。奈津はあなた様を……。
 後の言葉は、口に出すつもりはなかった。
 永遠に。
 自分に向けられたその人の双眸を見詰めて、奈津は微笑した。
 そのまま、手の中に隠し持っていた釵を喉に向ける。
「おのれ! 喉を突きおった!」
 曽根の狼狽(ろうばい)の声。そして、
 ――奈津!
 消え去ろうとした意識に響いた声を、信二郎のものと奈津は確信した。
 白い、儚げな美貌に微笑を刻んだまま、奈津の魂は、その体から静かに抜け出していった。



                                    つづく
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コメント

えぇ~っ、奈津さん、死んじゃうの~!?(ノ_<。)
あぁ、その先はどうなるんでしょう。。。

ふく*たま さんへ

>えぇ~っ、奈津さん、死んじゃうの~!?(ノ_<。)

言われると思った(^_^;)

これを書いてた頃って、『必殺』シリーズの影響も受けてまして、
こういうこととなりました。
信二郎も、ヤウほどじゃないけど、孤独の星を背負ってそうな気がするし……。

次回――か、もう一つあとあたりで、話がぐんと動きます。

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