『浣花洗剣録』二次小説  翔び立つ日まで

少年時代の大臧くんと公孫師匠の話を……というふく*たまさんのリクエストによる、
いわばお年玉ですが……

基本的にはリクエスト不可ですからぁ ヾ(~O~;)
毎度いい具合に話が降りてきたり、ボキャの神様が降臨してくださるとは、限らないんですから。

ともあれ、期待にこたえられる出来になっておりますかどうか、
とりあえずは、ご賞味くださいませ。




「終わったぞ、大臧」
 うすく肌に残った墨を丹念に拭い取り、そう声をかける。
 ほぅという小さな溜め息とともに、十六の  まだ滑らかさの残る少年の背から、緊張がとけるのがはっきりと分かった。
 その背に飛翔する一羽の鷹。記憶にあるそれと寸分たがわぬ  と、自身には見える出来栄えに、公孫梁も、こちらは満足の吐息を洩らす。起き上がろうとする少年を、まだ寝ていろと制すると、うすく額に浮いた汗を、これも絞った布でぬぐってやった。
 彫り物師という職業がまだ確立されていない時代ではあったが、それ以前に、この彫り物だけは、どうしても我が手で仕上げたいと思っていた。
 友と呼び、宝剣を手にするために命を奪った、あの中原の侠客の背に翔んでいた一羽の鷹。あれをそのままに再現するのは、どうしても我が手でなくてはならない。その確信があったのである。
 少年の――大臧の実父のわば形見。そうして、生涯その身に負ってゆくもの。手塩にかけた愛弟子に、半端なものを背負わせるわけには行かない。
「よく辛抱したな」
 肌に針を入れる間、呻き声ひとつあげず耐えぬいた弟子に労いの言葉をかけると、幼いころにしたように頭を撫でる。
 珍しい師の仕草に、軽く目をみはると、すぐに大臧は、ごく淡い笑みを浮かべた。
 瞬間、大人びて、整いすぎたほどの硬質な容貌に、年相応のおさなさが戻る。
 辛かったかと問うと、いいえとも大丈夫ですとも云うように、視線だけでまた微笑わらった。頭をあげようとしないのは、やはり、体に相当な負担を感じているからであろう。
「師父……」
 常のそれよりかすれた声で問いかけるのに、いずれ  と、公孫梁は答える。
「この彫り物を始める前にも云って聞かせた。いずれ、必ず、理由は話す。お前が大人に  いや、一人前の男、一廉ひとかどの剣客となった、そのとき」
 ――すべてを受け入れられる器量の男になった、そのときに。
 いいなと云うと、はいと、ほとんど視線だけでの返事が返ってくる。
 先年声変わりを迎え、声はどうやら低めの方に落ち着いたが、途中の不安定なそれを嫌ったのか、もともと無口だった少年は、より寡黙になった。
 そのせいもあってか、静かな  清水のような質と見られがちだが、その気性が存外に激しいことも、赤子の頃から育てた公孫梁は熟知している。
 武士として、剣士としての躾と修行とが、それをめる方向に働いたせいか、さして手を焼いた記憶はないのだが、その激しさが炎となって噴出したのはただ一度。あれは、大臧が十三か、ようやく四になったときだったろうか。
 使いに出していたのが、血相を変えて飛び込んできたと思ったら、木刀を掴み、そのまま飛び出してゆく。真剣を与えていたら、間違いなくそちらを手にしていたろう思ったのは、後日のこと。
 何事かと後を追ってみれば、半町ばかり先の空き地。どこぞの屋敷の小者か、人相の悪い破落戸ごろつきまがいを二人ばかり、あっという間に叩きのめしたかと思うと、そのまま木剣を振り上げて  公孫梁が止めなければ、大臧は間違いなくその二人を、討ち殺していたことだろう。
 理由は頑として口にしなかった  云えませんと一言口にしたきり、真っ向から挑むように見上げてきた眸に、聞くだけ無駄と判断したわけだが、この弟子の気性を考えれば、非は向こうにあるのは明白。
 激昂しているのを押さえつけ、連れ帰っただけで、特に叱ることはしなかったが、
   あの気性の激しさだけは、何とかしてやらなければなるまい。
 考えた末、撃剣の稽古に使う巻き藁に仕掛けをしたものを作った。
 常のものと二つ並べ、打ってみよと命じる。
 仕掛けのほう――と云っても藁の巻きを甘くし、縛った縄を切れやすくしただけであるが  を打った大臧は、ぐしゃりと崩れ、ばらばらに飛び散ったそれに、驚きの目をみはった。
「師父?」
 わたしやお前がこれと、公孫梁は常の巻き藁を示す。
「先日の小者がこちらだ、大臧。武芸の心得のないもの、鍛えていないものは、これほどにもろい。お前は、あの者たちを殺すつもりだったのか?」
 瞬間、はっとした視線を師に向け、すぐにそれを足下の地面に落とし、
「……考えても…みませんでした」
 しばしの沈黙の後、搾り出すように大臧は答えた。
 夏の盛り。蝉時雨がじわりと肌に沁みる心地がする。
「怒りに我を忘れたか」
「……はい」
「武士が  剣客が剣を抜くのは、必ず相手を斬ると思いを定めたとき。そうしてまた、おのれが斬られる覚悟を定めたときでもある。木剣もそれは同じ。まして、あのような小者に我を忘れることは  己を恥じねばなるまい」
 いいかと、唇を噛んでうつむいてしまった少年に、公孫梁は慈愛の目を向ける。
「強くなれ、大臧。おのれが強いと知れば、何を言われようと、何をされようと、気にならなくなる」
「ですが、師父」
「む?」
「相手が、殺されて当然のことをしたときは」
 む  と、公孫梁はしばし考える。
 おのれの心に問えと、愛弟子の眼を見据えて云った。
「技とともに心を鍛え、磨き、そうして、その心に問え。おのずと答えは出るはずだ」
 はい  と、この素直な弟子は答えたのだったろう。
 真剣を帯びるのを許したのは、その翌年。十五歳を迎えた春。
 そうして十六になった厳冬のこの日、その背に宿命の一歩を刻みつけた。
「大臧よ。その鷹を傷つけさせてはならんぞ。後ろ傷は、敵に背を向けて逃げようとした卑怯の印。それに  
 云いかけ、反応のないのに気付いて顔を見れば、少年はいつの間にか目を閉じて、健やかな寝息を立てている。
「疲れたか」
 気付けば、精魂こめて一羽の鷹を彫り上げた公孫梁自身が、些かならぬ疲労を覚えている。まして、鍛えたとはいえ未完成な十代なかばの少年の体。負担はどれほどのものであったろうか。
「今日は、ゆっくり休め」
 とりあえずは肌着と着物で背を覆ってやろうとして  
   父子というのもは、顔立ちばかりか、背中まで似るものか。
 同じ鷹の文様を刻んだせいか、一瞬、まだ幼さを残した少年の背が、関外飛鷹の異名を持ったあの侠客の背に重なって見え、公孫梁は一抹の感慨と  同時に寂しさに似たものを感じたおのれに、戸惑いを覚えた。
 改めて気付いてみれば、大臧の右手には、父の形見と教えた玉がしっかりと握られている。背に墨を入れる間、これを握り締めて、痛みに耐えていたのであろう。そぶりにも見せぬが、やはり心中には、顔も知らぬ実父への思慕が秘められているらしい。
   養子と  我が子とすることも、考えて見なかったではないのだがな。
 それでは友と呼んだ男に対する義が立たぬ。それゆえに、敢えて孤児と  友人の遺児と教え、内弟子とした。
 関外飛鷹、霍飛騰。友とした男と剣を交え、その命を奪ったことには、些かの悔いもない。いや、互いに命の遣り取りをする以上に深い間柄がこの世にあるだろうか。
 ゆえに、自分が敗れていたら、あの男は約束通り、干将莫耶かんしょう ばくやの二剣を携え、この子を伴って、命日ごとに墓を訪れていただろう事を、公孫梁は疑ってもみない。
 ならばこそ、最上の敬意を持って、奥義の燕返しを使ったのである。
 が、そのような剣客同士、漢同士の在り方を理解するには、この弟子はまだ幼い。
 いや  
 あのような見事な男、見事な敵に巡り逢えぬ限り、真に理解することは難しいかも知れぬ。
   仇と呼ばれることを、怖れているわけではないのだがな。
 内心に呟いてみて、わずかながらの虚勢が混じっていることに気付き、苦笑する。
 息子を持つとは、このようなものか。いつの間にか、そう思っていた。
 剣以外は皆邪魔者。かねてからそう信じ、口にもしてきた。
 亡き妻の寄せてくれた情愛は、負担以外の何者でもなかった。
 それが  
 義と約定によって引き受けた赤子の――この愛弟子の存在は、少しの負担でもない。
 むしろ、自制せねばならぬほどに、愛しいと思うこともある。
 それは、自分が手を引いて、剣の道を歩ませているからでもあろうか。
 ならば  
 おのれの出自と起こったことのすべてを知り、父祖の地へ帰るというならそれもよし。なおも剣の道を歩むというなら、育てた通り、天界流の後継者としよう。
 それまで  おのれの心に問うて、答えが得られる齢になるまで、ここで翼を紡ぐがいい。空高く飛び立つ、その日を迎えるまで。
 年齢相応の幼さを見せる少年の寝顔に、そう思う。
 かい巻きでも掛けてやらねばな。思い立って障子を開ける。
「雪か……」
 鉛色の空から真っ直ぐに、布でも下ろしたように、途切れなく、白いものが降り注いでいる。
 その空を目掛け、飛翔する鷹の幻影を、公孫梁は一瞬、見たように思う。
   そろそろ着物を仕立て直してやらねば。
 ふと振り返り、何とはなしにそんなことを思った。
 

 呼延大臧、十六歳。おのれの宿命との対峙たいじまでに、まだ十年を残している。



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ジャンル : 小説・文学

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わぁい、ステキなお年玉をありがとうございます~!\( ⌒▽⌒ )/
タイミングよいお話の降臨とボキャの神様に感謝!!

いやいやいや、公孫梁師匠ったら何てカッコいいんでしょう。
大臧がカッコよく育つわけですねぇ。
公孫梁師匠の大臧への情愛に胸を打たれます。

今年も宜しくお願い致しますm(__)m

年の始めにrei さんの小説が読めるなんて嬉しいです。最高のお年玉をありがとうございます。d(⌒ー⌒)!
UPされた日から何度も読み返してしまいました(^o^)

大臧くんが実父と同じものを背負い、少年から青年へと移り変化していく様が勇ましくてカッコよくて良かったです。
それに、師匠である公孫粱の大臧を思う愛情の深さに感動してしまいました。公孫粱って優しくて思いやりがあて良い漢ですね。

素晴らしい内容でお見事でした。(^-^)

ありがとうございます

お年玉、気に入っていただけて、私も嬉しいです。
公孫師匠には、わたしが今までに見たり読んだりしたドラマや本で、いいなぁと思ったお侍の言動や考え方を全部入れてみました、が……
どうも、師匠が自分自身で喋った台詞もあるようで、
話が“降りてくる”と言うのは、こういうコトなんだなあと、そのたびに思います。

それにしても、師匠がここまで愛情深かったとは。本当に感動~~この場合、私は作者じゃなくて“お筆先”なので、こういういい方をしても許されると思うんですが(笑)
大臧くんが情のある男に育つわけですね。


ふく*たま さんへ

>タイミングよいお話の降臨とボキャの神様に感謝!!
本当に、いいときにいい話が降りてきてくれて。

>大臧がカッコよく育つわけですねぇ。
男の子は父親の背中を見て育つとか云いますが、
大臧くんの場合、その父親代わりの人が、立ち居振る舞いからものの見方、考え方、全部指導してくれるんですものねぇ。

>公孫梁師匠の大臧への情愛に胸を打たれます。
ありがとうございます。
師匠、父親以上に父親になってますよね。


由香 さんへ

>今年も宜しくお願い致しますm(__)m
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

>大臧くんが実父と同じものを背負い、少年から青年へと移り変化していく様が勇ましくてカッコよくて良かったです。
大臧くんの成長振り、ちゃんと見えましたか?
それは嬉しいです。

>それに、師匠である公孫粱の大臧を思う愛情の深さに感動してしまいました。公孫粱って優しくて思いやりがあて良い漢ですね。
公孫師匠って、私的には、かなり興味深い人物だったんですが、ここまでいい漢だったとは――って、書いといて自分で言うか(笑)

>素晴らしい内容でお見事でした。(^-^)
ありがとうございます。
プロフィール

rei★azumi

Author:rei★azumi
ヒト属ネコ科 コタツ猫亜種 読書ネコ
『神鵰侠侶』で金庸にハマった、金庸初心者。
とりあえず、金庸の小説全作品読破を目指すも、突如神鵰侠侶二次小説にハマる。
さて、この先、どうなりますことやら。

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