闇の塔

この小説は、栗本薫FC『剣の民』会誌『笑気の谷(グル・ヌー)』に、1984年12月から1985年10月まで10回に渡って、無国籍異世界ファンタジーのかたちで掲載したものに手を加え、人物名等を中国風に改めたものです。
あくまで“風”ですので、考証等はほとんどやっておりませんので、そのあたりは大目に見ていただけると、非常にありがたく存じます。

どうして、そんな面倒くさいことをしたかといいますと、掲載当時から、主人公の名前が字面と音的に弱い気がして、いまひとつ気に入らなかったからですが(^▽^;)
(この頃は、登場人物の名前を漢字で……と言う発想が、そもそもなかったんですよね)
名前を変えると性格も変わるか――という懸念は、どうやらものの見事に当たっていたようで……。入力途中なんですが、連載当時以上に梃子摺らされております(~_~;)


ともあれ……楽しん読んででいただれば幸いです。
で、お気が向きましたら、感想などいただけますと、管理人は非常に喜びます(笑)

では……


         序章  月 光


 月が美しかった。
 激烈に過ぎた戦いの後を  そして、累々たる屍のうち捨てられた原野を照らすには、美しすぎる、澄んだ真円の月であった。
 澄みきった泉にもまた、月はその玲瓏たる影を映していた。
 それを見るのが耐えられぬかのように、揺玉ようぎょくは水面に写る月影に、ざぶっと剣を突き立てていた。
 月影は、細い光の線になって砕け散った。
 泉のほとりに膝をついた戎装じゅうそうの女将の喉から、堪えきれぬ嗚咽が洩れる。
 祖国が  へき〉が敗北した。西の小国に過ぎぬ〈ひつ〉に。完膚なきまでに!
 創世からとも伝えられる古い歴史を持ちながら、弱小国の地位に甘んじてきた〈畢〉が、近年突如として勢力を伸ばし、四囲の諸国を支配下におさめたこと、さらに、近隣の諸国を切り従えていることは、彼女も耳にしていた。
 しかし、よもや北方の雄、尚武の国と謳われた〈壁〉にまで侵略の手が伸ばされようとは  
 否。その情報を得た後ですら国内の、ことに武人たちの間には、西方の小国に対する侮りがあった。そうして、それはそのまま揺玉の  右府将軍であり〈壁〉国の夜叉公主、女丈夫とうたわれた彼女の気持ちであったことも否定できない。
 わずか半日で国境の防衛線を破られ、三月も経ぬ間に各地の塞を落とされ、王都の間近にまで敵の進入を許し、そうして、王城を背後に控えたこの原野で、最後の決戦を迎えた今日となっても。
 戦いは、当初は予想の通り〈壁〉の優勢のうちに進み、〈畢〉は半日にして、その兵力の半数を失った。
 ところが、夜になって〈畢〉の年若い国主が姿を現すと、状況は一変した。
 国主は鎧もまとわぬ平服で、純白の馬に跨って、両陣の中央にまで進み出た。
 背後には、さながら影のかたちに添うように、黒い衣を頭から被いた女が、これは夜色の馬に乗り、従っている。
 その女の喉から、高く澄んだ、歌声に似た戦慄が流れ出た。
 すると  
 大地が震えた。
 大地が苦悶するように身をよじり、女の立った場所から〈壁〉の陣に向かって、蜘蛛の巣を思わせる亀裂が走り  
 そうして、そこから信じがたいものが姿を現した。
 白骨の騎兵。
 骨だけの躯に朽ちかけた鎧をまとい、これも骨ばかりの馬に跨った、青白い燐光を放つ死者の軍団が  
 それらは、西方の伝説に云う、地に播かれた龍の牙から生まれたという騎士たちのように次々と数を増し、そうして不死身だった。
 腕を落とし、首を刎ねても平然と立ち向かってくる敵に、さしもの勇猛をもって鳴る〈壁〉の勇士達もなす術がなく、次々と討たれていった。
 ついには城に火が放たれ、その火が赤く空を焦がす中、少数の兵に守られ、揺玉は戦場を離脱した。が、気付いたときには、生き残ったのは彼女ひとりとなっていた。
 夜叉公主は、ただの十九の娘に戻って、身も世もなくすすり泣いた。
 月光が、しんとして、血に汚れた銀の甲冑を照らす。
 と  
 不意に、揺玉は顔を上げた。
 背後で起こった悲鳴ともつかぬ奇妙な声が、彼女を我に返らせたのだった。
 翡翠の色合いを宿した双眸が、きっ、と強い光を帯び、揺玉は鋭い身ごなしで振り返った。
 繁みの前、月光を浴びて長身の男が佇んでいた。
 右手には抜き身の長剣。足下には、たった今斬り捨てたと思しい瘴鬼しょうき  戦や疫病の後に出没し、屍肉を、時には生者の肉さえも喰らうといわれる小鬼の死骸が転がっている。
 見る間に塵に変じてゆくそれよりも、揺玉の目は、男のほうに吸い寄せられていた。
 漆黒の髪を頭頂で無造作に束ねただけで背に流し、戎装もまた黒一色。腰間の剣の鞘だけが白銀。
 ようやく二十代の半ばと云ったところだろう。彫りの深い、冷たさすら感じさせるほどに整いすぎた顔立ちの、左の頬に、浅く刀傷の痕があった。
 折からの夜風に、青年の髪が、さながら生あるもののようになびいた。
 女将軍の翠緑を帯びた目に、憎悪の焔が燃え上がった。
 青年の身につけた披風マントの留め金の、白黒二剣を打ち出した〈畢〉の紋章に目を留めるまでもなく、揺玉はこの青年を見知っていた。
 昼間の戦いで、少数の手勢の先頭に立ち、〈壁〉の包囲陣を切り崩して二度までも彼女の本陣に肉薄した戦士であった。
 冑もつけず、漆黒の髪を風に乱しての戦いぶりは、阿修羅の  というよりは、どこか死地を求めるもののような凄絶さが感じられた。
 それ以前に、何ゆえか『天狼』の異名で呼ばれる黒衣の傭兵の噂は、幾度か玉揺の耳に届いていたけれど。
 無関心な一瞥とともに、剣を納め、背を向けようとする青年に、揺玉は無言で斬りかかった。
 白銀の甲冑も白い貌も返り血と戦塵に汚し、双眸だけを憎悪の炎に燃やした女将軍の姿を、それでもなお美しいものに見ながら  
 青年は、存分のゆとりを持って、その刃をかわした。
 そのまま倒れこんだ揺玉は、立ち上がろうとして、うめき声を上げた。
「怪我を?」
 つぶやくように云うと、青年は揺玉の傍らにかがみ込む。ごく自然な仕草で、彼女のすね当てに手をかけた。
「さわるなッ!」
 悲鳴に近い叫びと同時に、揺玉は青年の手を跳ね除けている。
「わ、わたしに触れるな! それ以上、一指でもふれれば、舌を  ッ!」
 皆まで言わせず、白い頬に向けて、青年の平手打ちが飛んだ。
 怒りに青ざめて睨みつける姫将軍の視線を無視して、改めて臑当てを外す。手早く傷を改め、所持していた薬を塗ると、披風の端を裂いて包帯に代えた。
「礼は云わぬぞ」
 揺玉は硬い声で云った。
「早う、あの男の許へ連れて行って、手柄にするがよい。あの、璞炫はく・げんとやら申す、卑劣な男の許へな。自ら陣頭に立って戦おうとせぬばかりか、旗色が悪くなると、あのような魔性のものを使って  。そなたも、良い主人を持ったものよ」
「まったくだ」
 というのが青年の答えであった。
 一国の主を姓名で呼び捨てた非礼は別格。悔し紛れの悪口に同意を得てしまい、驚きの表情を浮かべる揺玉に、ちらと苦笑めいた笑みを見せると、青年は静かな動作で立ち上がった。
「それより、公主。今のうちに隠れたほうがいい」
「え?」
「誰か来る」
「え!?」
「助かる気があれば、だが」
 揺玉の表情は、驚きから呆然に変わっている。この男、自分を救おうというのか!?
「そなた……」
「早く!」
 叱咤され、慌てて傍らの繁みに這い込む。
 程なく、甲冑の触れ合う騒々しい音を先導に、泉に通じる小路から、十余りの男たちが姿を現した。甲冑の胸には皆〈畢〉の紋章である二剣が打ち出されていた。
「これは、聶鋭じょう・えいどの  いや聶校尉こういと申すべきであったな」
 先頭の、房飾りのついたかぶとの男が声をかけた。
「このような所で何をしておいでかな?」
 言葉遣い、口調は丁寧だが、それがこの男の口から発せられると、慇懃無礼の極みと聞こえるから不思議なものである。
 いや。本来、姓と字で呼ぶべき所を、主君でも師父でも、まして親でもない身が姓名で呼びかけるあたりに、そもそも、この男の性格が現れていた。
 痩せた、顔色の悪い男で、年の頃は三十五、六。宇文糺うぶん・きゅう、字を徳尤とくゆうというのだが、比較的おとなし目の連中の間でも、不徳か徳無、口の悪い連中は堂々と疫病神のあだ名を奉っている。
「お手前こそ、〈畢〉国中央軍宿営親衛軍校尉、宇文徳尤どの。親衛軍の校尉が、ご自身でこのような場所までお越しとは」
 何事ですかと応じる青年の口調も、劣らず皮肉なトゲを帯びていた。
 いや。そもそもが、ことさら丁寧に、相手の所属階級を述べるあたり、この青年の性格にも、相当ひねりが入っている。
 聶鋭。字は蒼牙。右軍黒騎衛校尉  五百あまりの騎馬隊を率いる、実戦部隊の隊長である。
 が、〈畢〉の親衛軍校尉は、どうやら情操面にも甲冑を着用している模様であった。
 なんのと軽くいなすと、
「このあたりに公主が落ちてきたらしい、との報告がありましてな」
 云いながら、あたりの繁みを透かして見たりしている。あたかも青年が公主を匿っている、とでも云いたげな態度だ。
「なるほど。親衛軍校尉自ら落ち武者狩りとは。ご苦労なことですな」
「なんの、なんの」
「生憎、ここには誰も」
「まこと、ですかな」
「疑うと云われる」
 すっ  と、青年の目が細められた。
「め、滅相な」
 瞬間、宇分糺の顔色が変わった。どうやら、いまさらのように、自分が踏んだのが狼の尾であったことに気付いたようである。ことにこの狼、今宵は特に虫の居所が悪いらしい。下手をすると校尉が都尉、将軍であろうが叩き斬られかねない。腕の違いは、いやというほど思い知らされている宇文糺である。
 大声で部下を怒鳴りつけることで、崩れかけた権威の崩壊を防ぐと、早々にその場を退散した。
 その背を見送る青年の眸に、氷めいた冷ややかな光がある。
 主君が戦場へ出ぬ以上、それを守護する親衛軍もまた戦列に加わることはない。その彼らが、略奪のなんのというと真っ先に顔を出す。今日の戦いでも、無傷なのは宇文糺の隊だけであった。
 風が泉の面に細波を立て、水面に映った月影を砕いてゆく。
 ふ――と、冬星を宿したかに思える双眸の光が、わずかに和んだ。再び足音。そして  
 蒼牙  と、親しげな声が、月光に照らされた横顔を打つ。
「こんなところにいたのか。捜したぞ」
青邱せいきゅうか」
 頭に「何だ」がつきそうな口調ではある。
 が、足音の主は、そんなことは一向に気にした様子もなく、歩み寄ってきた。
 尤も、そんなことを一々気にしていては、この男の友人はやっていられない、というのがこの青年、楊駿ようしゅんの抱いている認識である。
 背格好はほぼ同じくらい。年はこちらの方が二つ三つ上だろうか。際立った美男というわけではないが、良家の子弟らしい穏やかに端正な、好感の持てる顔立ちの青年である。
 階級は同格の校尉だが、傭兵部隊と云っていい右軍に対し、こちらは正規軍の左軍。にもかかわらず  
「校尉が急に消えてしまったと云ってな、お前の部下たちが心配していた。無論、わたしもだ」
 天空の白銀の円盤を仰ぎながら、蒼牙は片頬に苦笑を浮かべている。こうして、何かと自分を気遣ってけるこの男の好意を、なかばありがたく、が、なかば疎ましく感じていた。
 そんな彼の気持ちを、おそらくは知らぬのだろう楊駿は、冑を取ると並んで中天を仰いだ。
「こんな夜でも、月は美しいのだな」
「………………」
 夜風が、男二人の髪をなぶって過ぎてゆく。戦場の血臭も、この場には遠い。
「お前のところも、かなりやられたのだったな」
 珍しく、しみじみとした口調で蒼牙が云った。
「ああ。お前のところも?」
「生き残りを数えた方が早い」
「それは……。激戦区だったものな」
「いつものことだが。俺たち傭兵なんぞ、所詮は捨て駒だ」
「おい」
「残った連中は、これは、叩き殺しても死なんような奴らばかりだしな」
「おい!」
「まあ、俺のところの進賢あたりに云わせると、少々後味が悪くても、勝ち戦は勝ち戦、だそうだが」
 悪運も運のうちと豪語してのける副官の言葉を引用すると、若い傭兵部隊の隊長は、先に立って歩き出している。
 その後を追おうとして、楊駿はふと振り返った。背後の繁みに、人の気配がする。
   まあ、良いか。
 落ち武者狩りなどは、あの宇文糺あたりにやらせておけば良い。思い直すと、彼もまた泉を後にした。
 そうして  
 二人が立ち去ってしばらくしてから、揺玉はようやく隠れ場所から這い出した。小道の方へ  彼女の救い主が立ち去った方へと視線を向ける。
「……蒼牙………」
 まだ、その名が自分の中でどれほどの存在になったか、揺玉は知らない。ただ、何となくその名を呟いてみたばかりである。
 月光が、亡国の公主の白い貌に冷たい。
 夜明けはまだ遠いのだった。


                                      つづく
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テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学

コメント

異世界ファンタジー!
そういうジャンルを読むのは久しぶりです。
とはいえ、基本は人間の感情のぶつかり合いなわけで、環境が異世界だったりファンタジーだったりするだけですよね。

蒼牙と楊駿の友情(前にも言ったかもしれませんが、男同士の友情ってツボなんです)や揺玉との関係が気になります。
つづきがとても楽しみ~(^ー^)

ふく*たま さんへ

早速の感想、ありがとうございます!

>異世界ファンタジー!
>そういうジャンルを読むのは久しぶりです。

そういえば私も、こちらの系統はとんとご無沙汰~~というほどではありませんが、
これを書いていた頃と比べると、かなり読む数が減っています。
(で、当然のことながら、その分、中国関係のものを読んでいるわけですが(^_^;)

>とはいえ、基本は人間の感情のぶつかり合いなわけで、環境が異世界だったりファンタジーだったりするだけですよね。

そうなんですよね。
あくまでも動いているのはいわゆる『叩かれれば痛い、くすぐられれば笑っちゃう』人間なんですが、おかれた環境のせいで、起こす事件が~~というコトのようです。

>(前にも言ったかもしれませんが、男同士の友情ってツボなんです)

私もです。
あと、この話も色々な面で私的なツボが満載で(笑)

>つづきがとても楽しみ~(^ー^)

ありがとうございます。
これは作者としては何より嬉しいお言葉ですが、
これは本当に目下入力中なので、多分、週1回のペースになるかと思います。
(考証はやらないと言いつつ、それなりに調べることもあったりしまして(^^ゞ

コメント遅くなってしまいました。すみません。


UPを楽しみにしてました(^^)
楽しみにしてましたので、UP後何度も読み返しましたよ。

実を言いますと、私、魔法の世界とか異世界ファンタジーが好きなんですよね。(*´∇`*)
幼いころ(保育園とか小学生頃)には、そう言う世界にかなり憧れを抱いて、実際にいけたら…なんて想像(妄想)したりしてましたねf(^_^;



聶鋭(蒼牙)楊駿(青邱)揺玉の三人が今後どう絡むのか楽しみにしてます。

聶鋭くんって言って良いのかな?何だかちょっとばかり性格に捻りが入ってるようですが、この性格が変化していく行くのか、そのままなのか…かなり気になります。
(聶鋭くんって私好みかも(//∇//))

由香さんへ

コメント、ありがとうございます。

>楽しみにしてましたので、UP後何度も読み返しましたよ。
わぁ。それは、嬉しいです(^^♪

>実を言いますと、私、魔法の世界とか異世界ファンタジーが好きなんですよね。(*´∇`*)
なるほど~。やっぱり、親しくなる人間は、好みの傾向が似るんですね~。

>幼いころ(保育園とか小学生頃)には、そう言う世界にかなり憧れを抱いて、実際にいけたら…なんて想像(妄想)したりしてましたねf(^_^;
うっ(^_^;)
このあたりは、時代というか、年代差を感じるなぁ(汗)
これを書いていたころ(二十代でございます)は、確か、日本は異世界ファンタジーの草創期で、海外ものではタニス・リーの『平たい地球』シリーズ、ナンシー・スプリンガーの『アイルの書』に続いて、ようやく『エルリック・サーガ』が訳され始め、
本邦でも『グイン・サーガ』に続き、徐々に同傾向のヒロイック・ファンタジーが書かれ始め……、
そうして、私たちは一生懸命にそれを追いかけていた、そんな時代でした。

>聶鋭(蒼牙)楊駿(青邱)揺玉の三人が今後どう絡むのか楽しみにしてます。
なんせ、初めて書いた小説でしたからねぇ、
(その前に、ボツ原稿を約3倍量、出しております(^▽^;)
それほど複雑なことにはなりませんが、そのあたりは乞うご期待、というコトで(笑)


>聶鋭くんって言って良いのかな?何だかちょっとばかり性格に捻りが入ってるようですが、
いや、いや、いや。本文中でもちゃんと申告してますが、ちょっとなんて大人しいもんじゃありませんよ~(笑)
というか、ほぼ信二郎と同じ性格のはずですから。

>この性格が変化していく行くのか、そのままなのか…かなり気になります。
そのあたりは、どうなんでしょうねぇ。作者にも謎です。(いや、謎って……)

>(聶鋭くんって私好みかも(//∇//))
ありがとうございます。
(ただ、「……くん」 なんて可愛らしいものじゃ……(~_~;)

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