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闇の塔  六

     第二章 《闇》    承前



 淡い蝋燭の明かりを頼りに、二つの影が狭い塔の階段を登っている。足音が周囲の壁に不気味に反響し、後ろの男の抜き放った匕首が、時折り、蝋燭の灯に鈍く光る。どうやらそれで、前の男を脅しているらしい。
 階段が尽きた。
 二人の前に、重々しく黒ずんだ金属製の扉が立ち塞がる。
 頼りなげな明かりが、その扉に刻まれた封じの古代文字を浮き上がらせた。
「開けろ」
 後ろの男が低く命じる。
 押し殺したその声は、楊駿よう・しゅんのものであった。もう一方の手にも、細長い包みを提げている。
「お……お許しを」
「開けろと云っている」
 ぴたり。首筋に冷たい刃を押し当てられ、獄吏は渋々錠を外した。
 重い音を立てて、扉がわずかに開く。
 最初に聞こえたのは、何かの絶叫する獣めいた声。
 ―― 蒼……!
 次の瞬間、その隙間から、何かが二人目掛けて襲い掛かってきた。  暗黒の颶風ぐふうに似た ――
 一瞬にして、周囲は黒白も分かぬ闇に包まれた。異様な、骨の髄まで凍りつかせるような冷気が二人を襲う。
 瞬時に五体の感覚が失せ、呼吸さえもが出来なくなる。
 冷気に痺れた楊駿の手から、包みが滑り落ち、床を転がった。
 弾みで布が解ける。
 刹那。
 目もくらむばかりの閃光。
 闇を切り裂き、次第に大きく広がり ――
 解けた包みからほとばしったそれが、一切を呑み込み、闇を焼き尽くし、
 消えた。
 ―― 一体何が?
 ようやく楊駿が我に返ったときには、不思議な光も禍々まがまがしい闇も、すべてが一場の夢であったかのように、消えうせていた。
 床に、包みの中身が転がっている。
 弾みでそうなったのか、半ば鞘から抜け出ている銀の剣。刀身に刻まれている古代文字、それ自体が淡く光を発している。
 ―― これに救われた?
 剣を鞘に納めると、奇跡的にも消されずに済んだ蝋燭を拾い上げる。
 淡い光が、床に転がったもうひとつのものを照らし出した。
 恐怖を感じる間すらなかったのであろう。ただ驚愕の表情を顔に張り付かせたまま、冷たくなっている獄吏の躯。
 危うく自分もこうなる所だった ―― とは、楊駿は考えない。彼の心を占めているのは、部屋の奥に繋がれている友の安否ばかりである。
 手にした剣をこじ入れ、扉を大きく開くと、中に踏み込む。
 頼りなげな明かりが、壁際に倒れている男の姿を照らし出した。
「蒼牙!」
 駆け寄って、肩に手をかける。
 ―― 冷たい?
 掌から伝わってくる感覚に、自身も身震いし、慌てて脈を探る。
 思いのほかにしっかりと伝わってきたそれに安堵の息を洩らす。枷を外そうとして、楊駿は鍵束を獄吏の腰に残したままだったことに気付いた。
 剣をその場に、急いで鍵束を手に、取って返す。
 蒼牙が、横たえられた姿勢のまま、目を開けていた。
 ―― な……に?
 瞬間、楊駿は立ちすくんだ。
 顔だけを楊駿の方に向けた、その友の目の中に、ひどく異質な何かを認めた気がしたのである。
 《闇》。
 強いて言葉にすれば、それであったろうか。
 先刻彼らに襲い掛かった。異様な。冷気に近い何か。
 が、確かめる間もなくそれは消えて、彼を見返しているのは、常に鋭さは弱められているが、見慣れた友の、深い闇色の眸であった。
 焦点が定まらぬのだろう。近づく人影を見分けようと、眉を寄せる。
 口を開きかけ ――
 瞬間、鋭く咳き込んだ。
 石床に点々と黒いもの、おそらくは血が飛び散る。
「蒼牙!!」
「……せい………きゅ……………」
「口をくな!」
「…なぜ、おまえ……が、…ここ………に…?」
「口を利くなというのに。血を――」
「……喉」
 短く云うと、蒼牙は苦笑する。
 叫びすぎて喉を破ったと云いたいらしい。
 そうかと納得しかけ、一拍置いて、楊駿は目を剥いた。この、滅多に感情を見せぬ友が、戦場以外の場所でそれほどに声を上げるなど、尋常ではない。
「蒼 ―― 」
 小さくかぶりを振ると、蒼牙は体を起こそうとする。
 力が入らぬのだろう。体を支えた左の腕ががくりと折れ、くずおれかかるのを、慌てて駆け寄って支える。
「青…きゅう ―― 」
「だから、口を利くなと云うのに。苦しいのだろう」
 言葉を発しようとするたびに、大きく肩をあえがせる友を、そう云って制すると、体を壁に寄りかからせてやり、枷を外しにかかる。
「もう少し早く来てやりたかったんだが、これを持ち出すのに手間取ってしまってな」
 傍らに置いた剣を目顔で示す楊駿に、
「お前という男は ―― 」
 云いかけて、蒼牙は顔をそむけた。
「俺にかまうなと、云ったはずだ」
「だから、もう、口を利くなというのに」
「……命が、いくつあっても、足りない ―― 」
 そんなこと ―― 楊駿はわらう。
「命が惜しくて、この時代に武人などやっていられるか。それに ―― 」
「…………?」
「これ以上、あの方の臣でいるくらいなら、閻羅王えんらおうの奴僕になったほうが、はるかにましだろうよ!」
 日ごろ穏やかなこの青年に似ぬ、苦々しい、吐き捨てるような口調だった。
「何があった?」
「なんでもない」
 顔をそむけると、衣の袖を引き裂き、楊駿は生々しい傷口を見せる、蒼牙の右の肩を縛りにかかる。
「楊青邱!」
 がっと、蒼牙の左の手が、その腕を捕らえた。
 この友が、姓とあざなで彼を呼ぶときは、何が何でも自分の意志を通そうとするとき。片手の指で足るほどでしかないが、この三年のうちに、楊駿はそれを学んでいた。
 特に印象深かったのが、2年前の退却戦。先に離脱することを拒む楊駿を、点穴した上で馬に縛り付けた。初めて呼び捨てにされ ―― 互いが字で呼び合うようになったのは、それからである。
「わかった。話すが ―― 」
 云いかけ、はっとしたように耳をそばだてる。
 蒼牙もまた、双眸の光をいくらか鋭いものにした。
 キチチチ……。
 ごく小さく、戦のあとの、屍の横たわる原野で、幾たびも耳にした声。羽ばたきの音。
 骨も見えるほどにやせ細った五体に、ぽこりと突き出た腹、蝙蝠の羽根に鉛色の肌の、一尺ばかりの不気味な人間の戯画が、蝋燭の明かりの作る心細げな結界の外から、二人を伺い見る。
「塔から、にえの死骸が運び出されない理由……」
 独語めいて呟くと、
「剣を」
 口調をわずかに鋭くして、蒼牙は求める。
 左手に取ったそれに気を込めて、つば元から一寸ばかりを抜いて見せた。
 さっ ―― と白光が迸り、
 チイッ!
 チチチチチイッ!!
 鋭い声を上げた瘴鬼しょうきが、闇の奥へと退いてゆく。
「その剣 ―― 」
「尋常のものではないらしい ―― とは、いつ頃からか気付いていた」
 ともあれ ―― と、友人の方に向かって云う。
「ここを……出る方が先決だな」
「そうだな」
 云うと、楊駿は改めて蒼牙の傷をきつく縛り上げる。
「血は止まってる」
「見ているわたしの方が、痛いんだ!」
 云って、蒼牙を苦笑させた。
「歩けそうか?」
「歩いてみせるさ」
「強情な所は」
「変わりようがない」
 楊駿の肩を借りて立ち上がると、剣を杖にする。
 支えられ、扉の外へ出た所で、蒼牙は一度足を止めた。
 そこに転がっている“もの”と友人の顔とを見比べ、一拍置いて、ふうと重い溜め息をつく。
「なんだ?」
「…………なんでもない」
「気になる。云え」
「だから、なんでもない」
「蒼牙」
 この友人が何かを要求するときの、独特の口調で名を呼ばれ、蒼牙はもう一度溜め息をつく。
「云うが ―― 聞いたら、すぐに忘れろ」
 常にもましてぶっきらぼうな口調で云った。
「だから、何なんだ?」
「お前がこうならなくて良かった。そう思っただけだ」
「な ―― 」
 それが、聞いたらすぐに忘れなければいけないほどのことか。呆れて、楊駿は友の顔を眺める。
 ものの見事に表情を消して、意地っ張りな友人は明々後日しあさってのあたりを眺めていた。
「おまえ……」
 この友人の意外な素顔を見た思いで、楊駿は思わず、小さく吹き出している。
 一生覚えておいてやる。云ったら、ものすごくいやそうな顔をした。



青邱せいきゅう ―― 」
 蝋燭の明かりを頼りに、狭く長い階段を下りながら、蒼牙は先ほどの問いを繰り返す。
「お前が、ここに放り込まれたあとだ」
 先刻以上の苦々しさで、楊駿は口を開いた。
「命が惜しければ、要らざる口出しはするなと、これはまあ、当然の云いようだが」
「…………」
「続けて、父のようになりたくはあるまいと、そう云われた」
「な ―― 」
 蒼牙が ―― 滅多にものに動じた所を見せたことのないこの青年が、一瞬、絶句した。
 楊将軍は病死 ―― 心臓の発作と、発表はそうなっていたし、誰もがそう信じていた。確かに、倒れた場所は煌星こうせいの館ではあったが。
「わたしもそう信じていた。亡骸なきがらにも、疑わしい所はなかった。が……」
「……殺した、というのか。あの男が」
 王族や貴族、ある程度以上の身分の人間にとって、乳母や守り役は生みの親よりも近しい、むしろ心情的には、こちらの方が実の親と云っても過言ではない、それほどの存在である。それを、あの男は――
 いや。
 少爺わかぎみとしか呼ばなかった。そう、はく煌星は云った。
 未だに彼を一人前の国主として扱わず、守り役の権限を以ってさまざまの諫言かんげんをしてきた楊将軍は、もはや璞煌星にとっては、わずらわしいだけの存在だったのではないか。
 さらに、
「今ひとつ、訊きたい」
 彼の素性を知りながら ―― いや、おそらくはそれゆえに〈ひつ〉にとどめ、軍に加えた。その理由は、
「国主を……璞煌星を廃する気だったのか?」
 同腹の ―― 双生の男子。身分を証拠立てる長剣。王家の出自を示す眸と髪の色。新国主に祭り上げて、おそらく最も意義の出ぬ存在。また皮肉なことに、異議を申し立てるだろう重臣、長老の類のほとんどは、璞煌星自身の手で抹殺されている。
 蒼牙が、出自を知ってなお〈畢〉を出ようと決めた理由のひとつも、ここにある。
 闇に葬られたはずの国主の実弟。密かにようしていたとなれば、謀反むほんを疑われても仕方がない。
 いや、と楊駿はかぶりを振る。
「ただ、父はお前に負い目があるのだと云っていた」
「将軍が?」
「ああ。先の主公が、赤子だったお前を国の外へ逃し、一部の重臣たちが討手を差し向けた。この話は聞いているか?」
「ああ」
「討手は二度。後の討手の中に、父も加わっていたそうだ」
「そうして、赤子の俺を殺しかねた。甘いお人だ」
「わかるのか?」
「ああ……」
 闇の中、蒼牙はうすく嗤った。
 あの人はそういう人だった。改めて思う。
 親しく言葉を交わしたのは数えるほど。情の深い廉直れいんちょくな、尊敬すべき人柄と、その印象が強かった。それに何より、この友人の父である。が――
「むしろ俺は、そのときに殺されていた方が、良かったのかもしれんな」
 感情さえ枯渇させた口調で、蒼牙は呟く。
 将軍のためにも、お前のためにも。そして、俺自身のためにも。
「蒼牙……」
 だから、なのかな。楊駿は胸のうちで呟いた。なぜかは知らない。お前の心は常に、死へ、闇へと向けられている気がする。父に、お前の素性を告げられ、お前を守れと命じられた。だが、そんなこととは関係なく、なぜか、お前を放っておく気になれないのは ――
 が、それは口にはのぼらせず、彼はただ、闇に沈んだ友の端正に過ぎる横顔に、視線を注いだばかりである。
 階段の尽きるところ、闇の塔の出口に、開け放たれた扉から、白く月光が射し込んでいた。
 



「それまでだ。ご両所」
 急いで塔を後にしようとしていた二人に、嘲意を含んだ声が浴びせられた。
宇文糺うぶん・きゅう……」
 隻腕となった親衛軍の校尉が、部下を引き連れて姿を現す。
 見張られていたことに気付かなかったおのれの迂闊うかつさを、楊駿は心中密かに呪った。思えばあの煌星が、黙って剣を持ち出させるはずがないのだ。
 それにしても、
「存外、頑丈だな」
 苦々しい楊駿の呟きに、え、と蒼牙が声を上げる。
「左腕。お前が斬ったんだぞ。……覚えてないのか?」
「…………。承知でやるなら、首を落とす!」
「それも、そうか」
 うぬらは ―― 于文糺が声を荒げた。
聶鋭じょう・えい ―― 。よもやあの塔から、生きて出て来ようとはな」
 蒼牙の顔を見ながら、憎憎しげに云い放つ。
「が、汝の命運もこれまでよ。その有様では、おそらくは剣も持てまい」
 窮鼠きゅうそをいたぶる猫の残忍な笑いが、血の気を失った顔に浮かぶ。
「もはや、生け捕りにする必要もなかろう。この腕の礼、存分にさせてもらうぞ」
「青邱……」
 親衛軍校尉の嘲弄ちょうろうにはかたわらを素通りさせておいて、蒼牙がささやく。闇色の眸は冷静に、敵の顔ぶれを見回していた。
「お前ひとりなら、斬り抜けられるだろう」
「お前……!」
「まだ、自分の身の始末くらい、つける力は残っている」
 ふっ……と、澄んだ微笑が、憔悴しょうすいした顔に浮かぶ。
「聶蒼牙!!」
 かつてない激しい口調で、楊駿は友の名を口にしていた。
「お前をここに置いて逃げるくらいなら、誰が、最初から、危険を冒すか!!」
 闇色と、わずかに琥珀こはくがかったそれと。四つの眸が、瞬間、空中でからみ合った。
莫迦ばかが……」
 蒼牙が囁く。
 優しさに一抹のほろ苦さが混じった、そんな口調だった。
「お互い様だ」
 笑みさえ浮かべて、楊駿が応じる。
「話の続きは、あの世とやらでするが良かろう」
 宇文糺がうそぶく。
「かかれ!」
 命令一下。正面から斬りかかったのが、楊駿に真っ向から斬り下げられ、血煙をあげる。
 剣さやを、掴みかかってきた相手の手に残して翻転ほんてん。蒼牙もまた、手負いとは思えぬ身のこなしで、一人を白刃にとらえていた。が、自身も体勢を崩して、がくっと膝を折る。傷つけられた右肩をかばっての、左剣であった。
 その背へ剣を叩きつけようとした男が、っと声を上げて、顔を抑えた。
 いつ飛来したか。雪白の翼の鷹が、中空に浮いている。
 男はその羽根に、顔を打たれたのであった。
 そこへ ――
 地軸を揺るがす轟音とともに、数十頭を数える軍馬が駆け込んできた。一頭として、背に人を乗せているものはいない。
 混乱が巻き起こった。
 宇文糺と親衛軍は、蹄にかけられぬようにするのが精一杯。
 馬が駆け去り、混乱が収まったときには、蒼牙と楊駿の姿は、忽然こつぜんと消えうせていた。
 そうして、空になったうまやから、口許に愉快そうなニヤニヤ笑いを張り付かせた、ひょろりとした人物が現れたのに気づいた者も、また、一人としていなかった。



「取り逃がしたか」
 蒼惶そうこうとして報告に現れた親衛軍の指揮官に、背を向けたままで煌星は云った。闇色のまなざしは遠く、暗い空にかかる青白い月にそそがれている。
 傍らには、黒紗で顔を覆った嬋媛せんえんが、影のごとくに座している。
「手前にお任せをと大見得を切った結果が、これ、とはな」
「も……申し訳もございません」
 揶揄やゆを含んだあるじの口調に、宇文糺は一層青ざめた。
「宇文校尉にも、頼み甲斐のない」
 嬋媛の言葉が、それに拍車をかける。
「手前、これより直ちに追跡隊を繰り出して ―― 」
「無用」
「は?」
「要らぬと申しておる。どうせ、逃げた先は、わかっておるのだ」
 夜の色の眸を、親衛軍の長程度には読み取れぬ複雑な感情が過ぎる。
「下がれ」
「は? し、しかし……」
 当然追跡の指示があるものと思い込んでいた宇文糺うぶん・きゅうは、怪訝な表情になる。
「我が君には、追う必要はないと仰せじゃ」
 嬋媛が辛辣しんらつな口調で応じた。
「奴らを捕らえるおつもりが無いのじゃ。折角手に入った伝説の神剣も、返しておやりになったくらいじゃからの」
「神剣?」
「あい」
「莫迦な。神剣など、とうの昔に失われたはず。あれの身に添えられたは、父上ご自身の佩剣はいけんよ」
「いいえ。いいえ、神剣でござります。龍牙兵を一太刀で塵に変えるなど、神剣を置いて他、ござりませぬ。何よりの証拠は」
 激しい口調になると、嬋媛は顔を覆った黒紗を、次いで包帯を、引きむしった。
「この傷! 我ら闇のものなれば、たちどころにえるはずの傷が、癒えぬのでござります。この傷が!! あの剣。使い手となったあの者。早う処分せねば、おまえ様の御身の障りとなりましょうぞ。それでも、捨てておおきになりまするか!?」
 煌星は答えぬ。女の顔を見ようともせぬ。
然様さようにござりまするか」
 女の声に、微かに嘲りに似たものが混じった。
「かほどに青月宮の御方さまをはばかっておられますのか。あの御方が、おまえ様の ―― 」
僭越せんえつぞ!!」
 珍しくも煌星が声を荒げた。
 常の、相手の反応を愉しんでのそれではない。ゆくりなくも感情の一部が露呈した。その口調であった。
「御免あそばしませ」
 再び面紗をまとうと、嬋媛は優雅に一礼した。表向きは恐縮の意を表しているが、黒紗の下の白蝋の貌に、どのような表情が浮かんでいるかは、さだかではない。
「もう良い。そなたも下がれ」
 煌星の声音に、苛立ちがにじんだ。
「あの……」
 恐る恐る、といった様子で声をかける宇文糺に、
「躬に、同じことを二度云わせるな」
 声が、鋼の刃に変わった。
 はっ――と、恐懼きょうくしきった様子で宇文糺が、続いて、こちらは一向に動じない様子の嬋媛が引き下がってからも、煌星は窓外に目を向けたまま、身じろぎもしなかった。
 ――この城内に手のものを遣わしてまで、あやつを救い出させるとは……。それほどまでに、あれがお愛しいか。それほどまでに、このわたしがご不満か。……母上!
 ごおっと、遠く風が鳴った。
 胸の奥までを吹き抜けてゆくような、そんな音色だった。


                                    つづく
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