蜀山奇傅 天空の剣

蜀山奇傅・天空の剣 デジタル・リマスター [DVD]蜀山奇傅・天空の剣 デジタル・リマスター [DVD]
(2012/01/20)
ユン・ピョウ、サモ・ハン・キンポー 他

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これを見ると、アダム・チェンが主演みたいですが、ユン・ピョウが主演です(^▽^;)

実は盆前に由香さんに貸していただいていて、一応、一回り、見るだけは見てたんですが、なかなかレビューに踏み切れなかったのが、今度の金曜日、『侠客行』の後に1回だけ入る映画『天上の剣』(イーキン・チェン主演で~す!)が、これと同じ蜀山系列と知って、これは、今のうちにレビューをやっておかねばと、もう1度DVDをセットしなおしたわけですが(笑)

さて。

時は五胡乱華の末期――と書かれたって、いつのころかわかりませんよね。
それって、五胡十六国とは違うの? と調べてみても、結局はよくわからず。何か、5世紀ごろとしてあるものもあったので、大体そんなころのこと。
(というより、内容を見てると、乱世だったら春秋戦国だろうが魏晋南北朝だろうが、なんだっていい感じ)

上官の勘違いで殺されかけ、軍を逃げ出した若い兵士の明奇(メンキ 元彪/ユン・ピョウ)、妖魔の巣窟へ迷い込んだところを、白黒二振りの剣を背負った白衣の剣士に救われます。
その力で民を救ってほしいという明奇の願いをすげなく断ったこの剣士は、南海派の丁引(テン・ヤン 鄭少秋/アダム・チェン)。
この地で力を蓄えつつある『血魔』と戦うために、長眉(チョンメイ)道人(洪金寶/サモ・ハン・キンポー)道人に呼ばれてきたのでした。
間もなく、同じく道人に呼ばれた崑崙派の和尚(劉松仁/ダミアン・ラウ)――と、wikipedhiaにはありますが、確か暁如と名乗ってましたよね――が、弟子の一真(ヤジョン 孟海/マン・ホイ)を引き連れて到着。
ギャラリーな明奇も交えて、早速の妖魔退治となりますが、2人――と云うよりは、もっぱら和尚が意地を張って先走ったせいで、妖魔の掃討は失敗。

しかも、もう会うことはあるまいと、北と南へ別れて行ったはずの丁引と和尚は、妖魔によって元の場所へ追い戻された上、和尚の方は毒傷を負わされてしまいます。
で、ここはお約束通りの、丁引による内功治療となるわけですが――
その間に、外の見張りを命じられた明奇、再び妖魔に襲われかけたところを、今度は長眉道人に救われるのですが、
仙鏡の力によって『血魔』を抑え込んだ道人、この鏡の力は、北斗七星の移動によって49日後に尽きる。それまでに、天刀山の仙女・李亦奇(レイ・イエキ 翁倩玉/ジュディ・オング)が持ち去った紫青双剣を手に入れて来るようにと命じます。

さらに、和尚の方は十日のうちに毒を除かなければ、それが心臓にまで達して妖魔と化してしまう。
まず、和尚の毒を除き、それが終わったら、一緒に紫青双剣を探しに行こう。丁引の言葉に従い、4人は和尚を治療することが出来るという仙城へ向かうのですが――
(――って、あらすじだけ追って行くと、普通の武侠ファンタジーに思えるんだけど、思い切りの喜劇なんだよなぁ、これも。この頃の香港映画って、喜劇しか作ってなかった――わけじゃないよね?)

というこの映画、実は昔むかしにビデオ(DVDじゃないあたりに、年代を感じますが(^_^;)でレンタルして、その少し後、TVで放映された時にも見ておりまして、
いや~、懐かしい。と、DVDをセットして見始めましたらば……
いや、もう。忘れてた、忘れてた。感動的なまでに見事に忘れてましたね~内容。

どのぐらい忘れてたかと云うと、ユン・ピョウとサモ・ハンが一緒に剣を探す旅をするんだと、思い込んでたくらいの忘れよう。
というか、あれ? こんな始まり方だった? こんなシーンあった? こんな坊さん出てたっけ? の連続で――で、結構面白いキャラだったのに、和尚の存在を完璧にわすれてましたw ^^;

で、なんとなく覚えてたのが、若者2人が剣を探しに行く話だったな~という漠然とした印象と、アダム・チェンと仙城の女城主を演じるブリジット・リン(林青霞)の悲恋エピソード。と、ジュディ・オングが仙女役で登場して、家中でひっくり返ったこと(爆)
(いや。我が家では、女優という認識はしっかりあったんですが、まさか香港映画映画に出演するとは思ってもいなかったので(^▽^;)

あと、アダム・チェンが、もっと瀟洒な美男子の記憶だったんですが――
まあ、これは、近年になって、それ以上の美男というかイケメンさん、いっぱい見ちゃったからな~(笑)
ただ、なんか恰好いい人で、ブリジット・リンと、悲劇的で切ない結末を迎えるんだったな~というのは、記憶通りでした。

にしても皆さん、こんなにメイクが濃かったかしら~~というのが、最大の、記憶と異なっていた部分でした(笑)

まあ、ブリジット・リンのあのきっついメイクと云うのは、妖魔がそっくりに化けて、おかげで本物を魔女と勘違いした明奇たちが~~という展開のためには、実に効果的でしたが(笑)

というようなことは一旦置いておいて、改めて見てみてみますと~~
うん。やっぱり面白い。
で、内容的にも、適度に緩急があって、ちょうどいい話を丁度いい長さに納めてある、という感じがしました。
(それにしても、ほぼ全編喜劇というか、いろんなところで遊びまくってあったな~)

で、主人公の明奇が、明朗で前向きで一生懸命で、義にも情にも篤い、実にいい若者なんですけどね~、
いい若者過ぎて、意外に欠点がないせいで、前半は和尚の頑固さに、中盤は丁引と女城主のドラマチックな悲恋ストーリーに、そうして終盤は、大きな成長を見せる一真に、食われちゃってる感じがして、なんか勿体ない(^▽^;)
ただアクションに関してはこの頃から、ユン・ピョウ=凄い、という認識があったんですが(笑)
見てると、なんか、全く凄いと感じさせずに、凄ワザを繰り出してないか? と云うあたりが本当に凄い――って、何を書いておるか、訳が分からんな(^_^;)

むしろ、ちょっとうぬぼれは強そうだけれど、瀟洒で大人で誇りが高くて、でも妖魔の毒に侵されて、ついには妖魔と化してしまう丁引とか、
(この、妖魔になって登場したところが恰好良かったりして(^▽^;)
ずっと師匠に従っていたせいで、というか従っていればよかったせいで、気が弱くで気が良くて――それが師匠を失い、自分を引っ張ってきてくれた明奇が危機に陥ったことで、彼を助けようと大きく成長する一真とか、
の方が、もうけ役だった気がします。

でも明奇も一真も、一番格好いいところは李亦奇なジュディ・オングにさらわれた気がするのは、お気の毒。
(妖魔になった丁引も、最終的に滅ぼしたのは、わが身を犠牲にした女城主だし)

それにしても、今みたいにCGが使えない(というより、逢ったのかどうか、微妙なころだな(^▽^;)な時代の、大掛かりな(でも、ちょっとチープなところも?)なセットや、今以上の盛大なワイヤーの使いまくり――は、ツイ・ハーク監督の特徴か――、あと、布一枚で表現した妖魔とか、逆に新鮮で面白かったです。
仙城が氷に閉ざされるところなんて、(多分)CGじゃないからこそのあの手法が、一気に凍った感じを現して、効果的でしたし。

あと、飛剣とか武器に乗って飛ぶとか、内功による武芸の伝授とか、抱き合ってくるくる回った男女は恋に落ちるとか――と云うのは、本当に武侠映画の伝統だったのね~~と改めて認識させられたり。

という感じで、懐かしさよりむしろ、新鮮さを多く感じた映画でした。

ともあれ。由香さん。ありがとうございました。

(しかし、あの、抱き合ってくるくる――てのは、いったい誰が最初に始めたんだろうね?)


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近年クオリティの高い作品が数々、放送されていて、それらと比べたらチープだったりするから、面白かったと言って頂けるか心配でしたが、面白かったと言って頂けて良かったです。(^-^)

>飛剣とか武器に乗って飛ぶとか、内功 による武芸の伝授とか、抱き合ってくるくる 回った男女は恋に落ちるとか――と云うの は、本当に武侠映画の伝統だったのね~~と 改めて認識させられたり。

私もそう思います。
(で、「へぇ~この時代からあったんだ!!」と思いながら観賞しました。)
でも、こういう伝統は、物語を面白くしたり、胸キュン度を増したりして視聴者を惹き付けるポインになるだろうから、これからも、この伝統を使かい、いい作品を製作していって欲しいですね


>(しかし、あの、抱き合ってくるくる――て のは、いったい誰が最初に始めたんだろう ね?)

私も知りたいですね(笑)これ以前に製作された武侠映画にこういったシーンがあったら、かなり古くから使われてた表現方法って事になりますよね

>ともあれ。由香さん。ありがとうございました。

いえ、いえ、どういたしましてデスm(__)m


蜀山剣侠傅は、金庸のひと世代前の「武侠」という名前が出来た最初期の作品です。
まだ武侠の定義も曖昧で、それまでにも(唐代から)あった仙人や道士、魔物が出てくる剣仙物に近い内容です。剣に乗って飛ぶ、剣を飛ばす飛剣(御剣)もこれに類します。
抱き合ってくるくる回るのは、60年代後半以降じゃないかと思われます。それまでは男女が触れるだけでもはばかられそうなので。
当時は洋画の影響で、ミュージカル風の映画が作られていたりしましたから、それからかもしれません。
あちらでもクルクルが普通と捉えられているのではなく「ドラマでよく回ってるよね」という感覚のようです(^^;

ちなみに鄭伊健は映画だけでなく蜀山のドラマ版も映画の前にやっています。
死んでしまった主役のイーキンを復活させるため、ヒロインが布でくるんだイーキンの死体(発泡スチロール)を小脇に抱えて旅をしているのですが、振り向きざま家の柱とかに死体の頭をゴスゴスぶつけて発泡スチロールらしい音を立てているのに吹きましたw
最初に手に入れた武侠ドラマですww

由香さんへ

> 近年クオリティの高い作品が数々、放送されていて、それらと比べたらチープだったりするから、面白かったと言って頂けるか心配でしたが、面白かったと言って頂けて良かったです。(^-^)

昔好きだった映画が、何年か後に見てガッカリ、というのはよくあることですが、
この映画の場合は、初めて見た時とはまた違う感覚で楽しむことが出来ました。
武侠に関する知識が増えて来て、見方が変わったというのもあるんでしょうが、
それ以前に映画自体、当時としてはできる限りの技術で、力を入れて作っているという事なんでしょうね。
(『大英雄』みたく、出演者全員が力を抜ききって演じている――と云うのも、また楽しくていいんですが(笑)

同時に、『武侠』の『ぶ』の字も知らなかった当時の自分が、この映画を(特に飛剣とか内功治療とかを)どう思って見ていたのかなぁと、当時にさかのぼって、それを知りたい気持ちにもなりました。
多分、何も考えずに、ただただ面白がってたんでしょうが(^▽^;)

ともあれ、繰り返しになりますが、懐かしくも面白い映画を、ありがとうございました。

(『飛剣』と『抱き合ってくるくる』については、八雲幇主が解説を下さっていますので、そちらで)

八雲幇主へ

いつもありがとうございます。

> 蜀山剣侠傅は、金庸のひと世代前の「武侠」という名前が出来た最初期の作品です。

うわぁ。結構『古典』なんですね。

> まだ武侠の定義も曖昧で、それまでにも(唐代から)あった仙人や道士、魔物が出てくる剣仙物に近い内容です。剣に乗って飛ぶ、剣を飛ばす飛剣(御剣)もこれに類します。

なるほどー。
それにしても、そういう唐代からの剣仙物の流れが、小説、映画、ドラマと伝わって、現代でも作られているというあたり、これは中国という国の文化の幅というか、厚みと云うんでしょうか?
こういう作品が大好きな私としては、何かうらやましい気がします。

> 抱き合ってくるくる回るのは、60年代後半以降じゃないかと思われます。それまでは男女が触れるだけでもはばかられそうなので。
> 当時は洋画の影響で、ミュージカル風の映画が作られていたりしましたから、それからかもしれません。

ああ、なるほど~~。
で、これはいいなと、皆が真似をし始めた、と(笑)

> あちらでもクルクルが普通と捉えられているのではなく「ドラマでよく回ってるよね」という感覚のようです(^^;

そうですか。やっぱり普通じゃないんだ。
~~って、くるくる回って違和感がないのって、武侠ぐらいですものね。
(回らないで恋に落ちてたのも、ありましたし)

>振り向きざま家の柱とかに死体の頭をゴスゴスぶつけて発泡スチロールらしい音を立てているのに吹きましたw

私も想像しただけで吹いてますが、同時に、「あ、それ見たい」と思ってしまいました。
我ながら悪趣味かも~(^▽^;)

しかし、発泡スチロールらしい音と云うのは偶々というか、成り行きとして、家の柱に死体の頭を~~と云うのは、偶然なのか、笑いを取るためのなのか、どっちなんでしょう?
どちらにしても、発泡スチロールとはいえ、イーキンの死体が粗末に扱われているというのが、なんとも妙な気分にはさせられますが(^_^;)

> 最初に手に入れた武侠ドラマですww

それは……
愉しそうな作品を―-と、申しあげていいんでしょうか?
プロフィール

rei★azumi

Author:rei★azumi
ヒト属ネコ科 コタツ猫亜種 読書ネコ
『神鵰侠侶』で金庸にハマった、金庸初心者。
とりあえず、金庸の小説全作品読破を目指すも、突如神鵰侠侶二次小説にハマる。
さて、この先、どうなりますことやら。

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